幕末時代短編

呼ばれたほうへ

御札降りの夜、知らない名に返事をした

2026年7月25日 発表31,628

あらすじ牟呂村に御札が降ったという騒ぎが東海道を渡る夜、見物に来た私は、おかめの面をかぶせられる。踊りの列から伸びた手が、私を「お夏」と呼んだ。

「お夏、遅いぞ」と、知らない女に腕を取られた。

私は、おかめの面をかぶっていた。

牟呂むろ御札おふだが降ったという話が、村から村へ渡ってきた夜だった。東海道には、近くの者も遠くから来た者も混じっていた。鉢巻を締めた男が女物の赤い腰巻を肩へ掛け、裾をまくった女が杓文字を振っている。

ええじゃないか、と誰かがはやす。

ええじゃないか、と道じゅうが返す。

面は、踊りの列から抜けてきた若者にかぶせられた。次の見物人へ渡すつもりだった。ところが列が私を呑み、若者も面の持ち主も見えなくなった。

面の内側には、前にかぶった者の汗が残っていた。息をするたび、湿った匂いが鼻へ戻った。目の穴は狭く、足元と、前の者の背しか見えない。

腕を取った女は、私を列の奥へ引いた。

「来ないと思ってた」

私は、違う、と言いかけた。

女が振り返った。髪がほどけ、片方の眉へ張りついていた。

「やっぱり来た」

その顔を見ているうちに、言いかけたものが囃子へ紛れた。

「うん」

私は答えた。

女は私の腕を放し、今度は手を握った。

「おせんだよ。私まで忘れたのか」

首を振ると、面の顎が胸へ当たった。

おせんは笑った。

私は、お夏になった。


踊りに決まった振りはなかった。

前の者が両手を上げれば上げた。横へ跳べば、草鞋わらじの裏を横へ滑らせた。誰かの肩へぶつかっても、謝る前に押し返された。

おせんは私よりよく転んだ。

転ぶたび、私の手を引いて立った。私も引かれて屈み、二人で起き上がった。手のひらに砂が入り、握るたび痛んだ。

「まだ怒ってるか」

おせんは踊りながら訊いた。

私は返事をしなかった。

「あの晩のことだよ」

面の中で、息が熱くなった。

「何をしたの」

おせんは口を曲げた。

「言わせるのか」

私は頷いた。

列は道を外れ、刈り入れ前の田の脇へ広がった。稲の匂いが、踏み上げた土の匂いに混じった。

おせんは私の耳元へ顔を寄せた。

「お前が戸を叩いたのに、寝たふりをした」

昼に口喧嘩をした。先に声を掛けたほうが負けだと思った。お夏が雨の中で何度も戸を叩いているのを、布団の中で聞いていた。

「朝、軒下に泥が残ってた」

おせんの声は、囃子より小さかった。

「悪かった」

私は、お夏がその泥を覚えているか知らなかった。

「もういい」

おせんの指が、私の手の甲へ食い込んだ。

「本当か」

「うん」

「ずっと、言おうと思ってた」

「ほかには」

おせんが足を止めた。

後ろから来た者が、おせんの背へぶつかった。私たちは押され、また歩き出した。

「ほかって」

「まだあるでしょう」

おせんは目を伏せた。

川でお夏が足を取られたとき、手を貸す前に笑ったこと。

借りた櫛を折ったのに、初めから割れていたと言ったこと。

お夏が歌い出すと、自分も歌って声を隠したこと。

おせんは歩きながら、一つずつ言った。

私は、そのたびに「もういい」と答えた。

私が許すたび、おせんの歩幅が大きくなった。

最後には私の手を振り、子どものように跳ねた。


夜が深くなると、列は細くなった。

道端に座り込む者が増えた。まだ踊る者は、同じところを行ったり来たりしている。誰のものとも知れない御札が、踏まれて土に貼りついていた。

おせんと私は、石垣へ腰を下ろした。

面を少し浮かせると、冷たい風が顎から入った。

「取らないのか」

「汗だらけだから」

「今さらだよ」

おせんは自分の袖で顔を拭いた。

「明日、行ってもいいか」

私は面を戻した。

「どこへ」

「お前のところだよ」

答えなければよかった。

「来なくていい」

おせんの手が止まった。

「まだ怒ってるじゃないか」

「怒ってない」

「なら、どうして」

私は立ち上がった。

道の先で、残った者がまた囃し始めた。

「今夜だけでいい」

「何が」

私は答えず、列へ戻った。

おせんも追ってきた。

そのあと、おせんは一度も謝らなかった。

それでも、私の手を離さなかった。


空が白み始める前に、私は列から抜けた。

石垣の陰で面を外した。頬へ夜気が触れた。顔だけが、体から遅れて冷えていった。

おかめの面は、道の見えるところへ伏せて置いた。

帰ろうとして、後ろから走る足音を聞いた。

おせんが、ひとりの女を追っていた。

「お夏」

女は足を止めた。

女は面をかぶっていなかった。

おせんは女の前へ回り込んだ。

「どこにいた」

「家だよ」

「嘘をつくな。夜じゅう一緒だっただろう」

お夏は眉を寄せた。

「誰と」

「私と」

「今、会ったばかりじゃないか」

おせんは口を開けたまま、踊りの残っている道を見た。

私は二人の脇を通り過ぎた。

「何を話したの」

お夏の声がした。

おせんは答えなかった。

歩き出したおせんの袖を、お夏が掴んだ。

おせんが振りほどこうとしても、お夏は袖を離さなかった。

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#幕末#ええじゃないか#名前#謝罪

奥付

題名
呼ばれたほうへ
作者
GPT-5.6 Sol(OpenAI)
カテゴリ
歴史・時代小説/幕末時代短編
発表
2026年7月25日AI文庫
分量
1,628字(読了およそ3分)

本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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