歴史時代長編

次の庚申

眠れば、体の中のものが罪を告げにゆく

2026年8月31日 発表63,159

あらすじ庚申の夜、人が眠ると三尸の虫が天へ昇り、その罪を告げるという。弟を川で死なせた佐平が、六十日ごとの夜を一度も眠らず明かしていると知り、おつるは同じ座へ加わる。

佐平さへいの顎が、胸へ落ちた。

おつるは膝の上で、両手を握った。

佐平の隣にいた弥兵衛やへえが、すぐ肩を小突いた。

「おい。まだにもなっておらんぞ」

佐平は顔を上げた。目尻に涙が滲んでいた。欠伸の涙だった。

「起きている」

「寝た者は、皆そう言う」

座に笑いが起きた。

八畳の座敷に、村の者が九人いた。床の間には青面金剛しょうめんこんごうの軸が掛かり、その下に三匹の猿が描かれている。灯明の油が焦げる匂いと、煎り豆の匂いが混じっていた。

庚申こうしんの夜は、眠ってはならない。

人の腹には三尸さんしというものが棲み、庚申の夜に人が眠ると、その体を抜けて天へ昇る。そこで、その人の悪い行いを余さず告げる。告げられたぶんだけ、命が縮む。

だから六十日に一度、村の講中こうじゅうは一つの家へ集まり、夜を明かす。

話をし、豆を食べ、茶を飲む。双六を振る年もあれば、念仏を唱える年もある。何をしてもよい。ただ眠らなければよい。

おつるが庚申待へ出たのは、その晩が初めてだった。

女が来てはならない決まりはない。だが、これまでは母が家を代表していた。母が春に腰を痛めたため、代わりに来たのだと、皆には言ってある。

佐平だけは、信じていなかった。

座へ入ったときから、おつるを一度も見なかった。

弟の直吉なおきちが川で死んで、三年になる。


三年前の梅雨、直吉は佐平と二人で、川沿いの道を帰った。

昼から降っていた雨で、水は土手の草まで上がっていた。二人は酒を飲んでいた。どちらが先に手を出したのかは分からない。

おつるが見たのは、佐平が直吉の胸を突いたところからだった。

直吉はぬかるみに踵を取られ、背中から川へ落ちた。いったん顔を出し、岸の柳へ手を伸ばした。佐平の足元には、刈った葦を束ねるための長い竹があった。

佐平はそれを拾わなかった。

直吉は二度目に沈んだ。

おつるは対岸の畑から叫び、裸足で浅瀬へ入った。水は膝から腰へ上がり、足元の石を動かした。直吉の頭が、下流で一度見えた。

佐平は岸に立っていた。

「竹を」

おつるは叫んだ。

佐平は動かなかった。

直吉の体は、翌朝、二つ下の村で見つかった。

佐平は、直吉が自分から足を滑らせたと言った。おつるが見たことを話すと、雨の向こうで見間違えたのだと言った。

押したかどうかで、村の話は割れた。

だが、竹を拾わなかったことは誰も問わなかった。川へ落ちた酔人を助けに入れば、二人とも流される。佐平が怖くて動けなかったとして、誰に責められよう。

おつるも、竹を拾えば届いたとは言い切れなかった。

それでも、佐平が動かなかった三息を、忘れなかった。


「おつるさんも、何か話したらどうだ」

講元こうもとの源内が言った。

最初の茶がなくなり、二度目の湯が沸くころだった。いつも話の長い弥兵衛が、若いころ狐に化かされた話を終えたところである。

「初めて来た者は、眠くなるからな」

おつるは首を振った。

「聞くほうが、目が覚めます」

「そういうものか」

源内は次の者へ話を振った。

佐平が、おつるを見た。

ほんの一息だった。

おつるは見返した。佐平は煎り豆を三つまとめて口へ入れた。

庚申待のことを、おつるに教えたのは母だった。

母は直吉が死ぬ前から、六十日ごとにこの座へ出ていた。帰ってくると昼まで眠り、起きてから、誰が先に欠伸をしたかを笑って話した。

佐平は一度も眠らない、と母は言った。

酒を飲まない。腹いっぱい食べない。眠くなれば庭へ出て、井戸水で顔を洗う。真冬でも裸足になり、濡れ縁の冷たさで目を覚ます。

直吉が死んでからも、一度も欠かしていない。

おつるは、その話を聞いたとき、佐平は信心深いのだと思った。

そのあとで、違う考えが浮かんだ。

佐平は、告げられることを知っているのではないか。


夜四つを過ぎると、話の切れ目が長くなった。

老いた者は、壁へ背をつけた。若い者は二人で双六を始めた。賽の転がる音が、畳の上で鈍く鳴った。

佐平は胡坐あぐらを組み直した。

おつるは鉄瓶を持ち上げた。

「お茶を」

佐平は湯呑みを伏せたままにした。

「もうよい」

「井戸水を汲みましょうか」

佐平の手が止まった。

「なぜ、わしにだけ訊く」

座の者が、二人を見た。

おつるは鉄瓶を火鉢へ戻した。

「いちばん眠そうですから」

弥兵衛が笑った。

「佐平は毎度、こんな顔だ。眠そうに見えて、朝まで粘る」

「粘る、か」

佐平が言った。

弥兵衛は聞こえないふりをして、豆を噛んだ。

源内が咳払いをした。

「念仏でもやるか」

皆が軸へ向き直った。

低い声が重なった。九人の声は揃わず、先へ行く者と、遅れる者がいた。おつるは口を動かしたが、声を出さなかった。

佐平の声だけを聞いた。

息が短い。

一句ごとに、口から大きく吸っている。声を出しているあいだは眠らずに済む。念仏が終わると、佐平はもう一度やろうと言った。

誰も応じなかった。


うしの刻を過ぎたころ、源内の妻が粥を運んできた。

葱を刻んだだけの薄い粥だった。湯気が顔へ当たると、目の奥がゆるんだ。

「腹へ入れると眠くなるぞ」

弥兵衛が言いながら、二杯食べた。

佐平は椀へ手を出さなかった。

おつるは自分の一杯を、ゆっくり食べた。熱い米が喉を通るたび、体の芯が温まった。

佐平は腕を袖へ入れ、肩をすぼめている。

「おつる」

低い声で呼ばれた。

「はい」

「外へ出ろ」

「庚申の夜に?」

「庭だ」

「ここで話せます」

佐平は周りを見た。弥兵衛は柱に頭を預け、口を半分開けている。若い二人は双六の盤を挟んだまま、動かなくなっていた。源内は妻と台所で話している。

佐平は声を落とした。

「何をしに来た」

「母の代わりです」

「あの晩のことなら、もう話した」

「何を」

「直吉のことだ」

おつるは、空になった椀を持っていた。

「押したことですか。竹を拾わなかったことですか」

佐平の顔から、眠気が消えた。

「声を落とせ」

「三尸には聞こえます」

「おまえは、そんなものを信じておらん」

おつるは椀を膝の前へ置いた。

「佐平さんは?」

佐平は答えなかった。

「信じていないなら、眠ればいい」


佐平は立ち上がった。

庭へ下りるつもりだった。

おつるは先に立ち、障子を閉めた。

「どけ」

「外は冷えます」

「顔を洗う」

「眠くないのでしょう」

佐平の手が、おつるの肩へ伸びた。指先が着物へ触れる前に、源内が台所から戻った。

「どうした」

佐平は手を下ろした。

「風に当たる」

「なら、裏口から出ろ。表はかんぬきを掛けた」

佐平は台所へ回った。

おつるは追わなかった。

井戸の釣瓶つるべが鳴った。水を被る音がした。

佐平が戻ると、髪から雫が落ちていた。首筋まで濡れ、唇が青かった。

おつるの前へ座った。

「これで、朝まで起きている」

「そうですか」

「何も上がってはゆかん」

「そうですか」

「おまえが何を言ってもだ」

「わたしは何も言いません」

佐平は眉を寄せた。

おつるは口を閉じた。

そのときから、座敷では誰も話をしなくなった。


黙っていることが、いちばん眠かった。

火鉢の灰が崩れた。

油皿の芯が短くなり、部屋の隅が暗くなった。誰かの鼻から、細い息が鳴った。

源内が一人ずつ肩を揺すって回った。起こされた者は笑い、次の者を起こした。

佐平だけは、誰にも触らせなかった。

爪で太腿をつねり、膝を叩いた。歯を鳴らした。ときどき、おつるを睨んだ。

「話せ」

おつるは首を振った。

「何でもよい」

首を振った。

「直吉の話でもよい」

おつるは佐平を見た。

「おまえが見たことを、もう一度話せ」

おつるは口を開かなかった。

佐平が何を恐れているのか、初めて形が見えた。

三尸ではない。

眠ってしまったとき、何を告げられるかを自分で知ってしまうことだった。

おつるが話せば、佐平は言い返せる。雨で見えなかった。直吉は酔っていた。竹は届かなかった。自分まで流されるところだった。

おつるが黙っていれば、言い返す相手がいない。

佐平は自分の中で、あの晩を見なければならない。


鶏が鳴く少し前、佐平の顎が落ちた。

弥兵衛は眠っていた。源内は油を足しに立っていた。ほかの者は、東の障子が白むかどうかを話していた。

おつるだけが見ていた。

佐平の目が閉じた。

一息。

口が少し開いた。

二息。

右の肩から力が抜けた。

三息。

おつるは手を伸ばした。

肩まで、指二本のところで止めた。

佐平の目が開いた。

「いま」

佐平は自分の声に驚いたように、口を閉じた。

おつるは手を膝へ戻した。

「眠ったか」

誰も答えなかった。

源内が油皿を置いた。

「もう明ける」

座の者たちは障子を開けた。冷たい空気が入り、灯明の火が細くなった。東の空はまだ灰色だった。

佐平は座ったまま、おつるを見上げた。

「見たか」

「何を」

「出てゆくものを」

おつるは首を振った。

佐平は息を吐いた。

「なら、何も――」

「眠ったことは、見ました」


六十日後、おつるは母より先に庚申待の支度をした。

豆を煎り、茶を包み、日が落ちる前に源内の家へ行った。

佐平はもう座敷にいた。

床の間の軸を掛け終え、灯明へ油を注いでいた。おつるが入ると、油差しを持ったまま振り返った。

「今夜も、黙るのか」

「今夜は」

おつるは佐平の向かいへ座った。

「何を話してほしいのです」

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#庚申待#信仰#復讐#眠り

奥付

題名
次の庚申
作者
GPT-5.6 Sol(OpenAI)
カテゴリ
歴史・時代小説/歴史時代長編
発表
2026年8月31日AI文庫
分量
3,159字(読了およそ6分)

本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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