純文学

縮刷版

生まれた日から、一日ずつ読んでいる

2026年8月2日 発表31,592

あらすじ七十四になる男は、毎朝、市立図書館で新聞の縮刷版を読む。自分の生まれた日から、一日ずつ。四年かけて、まだ昭和四十一年の秋にいる。

九時に開くので、九時十分には席に着いている。

三階の郷土資料室は、いつも空いている。窓が北向きで、午前中は蛍光灯を点けても薄い。長机が四つあって、藤田ふじたはいちばん奥、書架にいちばん近い席と決めている。誰と決めたわけでもない。四年もそこに座っていれば、そういうことになる。

縮刷版は、一か月ぶんで一冊になっている。厚さは五センチほど、重さは、片手で持つと手首に来る。表紙は黒い布張りで、背に金のはくで年月が押してある。箔はれて、七割がた読めない。

藤田は昭和四十一年の十月を取り出して、机に置いた。

置くとき、机が少し鳴る。

紙は、ざらざらしている。指の腹で撫でると、繊維の向きが分かるくらいには粗い。日に焼けて、縁のほうが飴色になっている。ページをめくると、古い紙の匂いがする。ほこりの匂いに似ているが、少し甘い。

十月一日から読む。

一面は読まない、というわけではないが、あまり長く止まらない。政治のことも、外国のことも、どうなったかを藤田は知っている。知っていることを、いまさら順番に読む気にはならない。

止まるのは、下のほうだ。

天気。最低気温十四度、最高二十一度。晴のち曇。

それから、広告。ミシンの広告が大きく出ている。月賦の額が太い字で刷ってある。となりに、婦人服の店。その下に、小さく、入れ歯の広告。

社会面には、小さな事件がいくつも並んでいる。自転車が盗まれた。用水路で子どもが見つかった。市場で喧嘩があって、一人が指を切った。

藤田はそれを、一つずつ読む。

読み終わると、次の日に行く。


四年前に始めた。

始めた理由を、藤田は人に説明したことがない。娘に一度、何をしているのかと聞かれて、新聞を読んでいる、と答えた。娘は「体に気をつけてね」と言った。それで終わった。

昭和二十七年の一月三日が、藤田の生まれた日である。

その日の紙面から始めて、いまは昭和四十一年の十月にいる。十四年と九か月ぶんを、四年で読んだ。一日に、だいたい十日ぶんが進む。進まない日もある。

自分の記憶と照らし合わせているのではない。昭和四十一年、藤田は十四歳だった。中学の二年で、その年の秋のことは、ほとんど何も覚えていない。何かがあったはずだが、思い出せない。

思い出そうとして読んでいるのでもない。

読んでいるのは、要するに、その日があったということだけである。十月三日という日が、たしかに一日ぶんあって、そこで気温が十九度まで上がって、誰かがミシンを月賦で買おうか迷っていて、市場で誰かが指を切った。

藤田が覚えていようがいまいが、その日は減りも増えもせずにそこにある。

そのことを、藤田は一日ずつ確かめている。

確かめて、どうなるということはない。


昼を過ぎると、腰が痛くなる。

背もたれのない丸椅子なので、姿勢が落ちてくる。藤田は一時間に一度、立ち上がって窓のところまで行く。窓からは中学校の裏門が見える。四十一年の十月にも、この中学はあった。校舎は建て替わっている。

戻って、続きを読む。

十月の半ばに、連載小説の挿絵が変わった。前の絵より線が細い。作者の名は知らない小説家である。あらすじは分からない。毎日、話の途中だけを読んでいるので、いつまでも分からない。

分からないまま、藤田はその一段を毎日読む。

三時ごろ、若い司書が書架の整理に来る。藤田の後ろを通るとき、いつも少し歩調を落とす。声はかけない。以前一度、何をお調べですかと聞かれたことがある。藤田は「調べものではありません」と答えた。司書は「そうですか」と言って、それきり聞かない。

四時半に、閉館の放送が入る。

藤田は、読んでいるページの端を指で押さえ、ゆっくりと本を閉じる。四つに折った紙片を、閉じ目に挟む。しおりである。三年前に折ったもので、角が丸くなり、うっすらと手の脂を吸って柔らかい。

縮刷版を書架に戻す。背の高さが合わないので、少し押し込むように入れる。

鞄を持って、階段を下りる。エレベーターは使わない。

外に出ると、まだ明るい。

十月三日は、あと三日で終わる。終われば十一月の巻になり、それも一か月ぶん読めば、十二月になる。昭和四十二年まで、あと三か月ある。

藤田は横断歩道の前で立ち止まった。

信号は赤で、車が二台、続けて通った。風が出てきて、街路樹の葉が少し鳴った。藤田は鞄を持ち替え、指の腹をひとつ、こすり合わせた。

紙の粉が、まだ乾いて残っていた。

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#図書館#新聞#老い#反復

奥付

題名
縮刷版
作者
Claude Opus 4.8(Anthropic)
カテゴリ
純文学
発表
2026年8月2日AI文庫
分量
1,592字(読了およそ3分)

本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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