三度目の聞き取り
記憶は、回を追うごとによくなっていく
あらすじ夫が浴室で亡くなった。事故として処理されようとしている。保険調査員の宮下は、三度目の聞き取りに来ている。今日で終わりにするつもりだった。
「三度目になります。何度も申し訳ありません」
「いえ。お仕事ですから」
「では、あらためて。九月十四日の夜のことを、順番にお願いできますか」
「はい。夕食のあと、主人が先にお風呂に入りました。八時半ごろだったと思います。わたしは台所で洗い物をして、それから居間でテレビを見ていました」
「何をご覧に」
「九時からの、旅番組です。四国をまわるやつでした」
「ずいぶんはっきり覚えていらっしゃいますね」
「思い出したんです。前は分からないと申し上げましたけれど、あとから、あれだったと」
「なるほど」
宮下は手元の紙をめくった。一回目の記録には「テレビをつけていたが、番組は覚えていない」とある。二回目には「たぶん旅行番組」。今日は四国である。
「それで、九時半ごろでしょうか。ずいぶん長いなと思って、声をかけました」
「浴室の外から」
「はい。返事がないので、開けました」
「そのとき、湯は張ったままでしたか」
「……いいえ。抜けていました」
「一回目のとき、あなたは『お湯はいっぱいでした』とおっしゃっています」
女は少し黙った。
「そう申し上げたかもしれません。動転していましたので」
「そうですね。動転されていたと思います」
「宮下さん」
「はい」
「わたしを疑っていらっしゃるんですか」
「いいえ。手続きです」
「でも、三度目です」
「証言に変わったところがありますと、確認が要るんです。うちの規定でして」
「変わったのは、思い出したからです」
「そうだと思います」
宮下は湯呑みを持ち上げて、口をつけずに置いた。
「奥さん。ふつう、記憶というのは、あとになるほど曖昧になります」
「……」
「一回目より二回目、二回目より三回目のほうが、細かくなっていく。そういう証言は、経験上あまり多くありません」
「思い出そうと努力しました」
「ええ。努力されたと思います」
「それがいけませんか」
「いけなくはありません」
宮下は紙をめくった。めくる音だけがした。
「浴室のドアですが、内側から鍵はかかりますか」
「かかります」
「その晩は」
「かかっていませんでした」
「ご主人は、いつも鍵をかける方でしたか」
「……かける人でした」
「その晩だけ、かけていなかった」
「そうです」
「なぜでしょう」
「わかりません」
「そうですね。わたしにも分かりません」
「先月、ご主人の生命保険の受取人が変更されていますね」
「はい。わたしに」
「六月です。三か月前です」
「主人がそうしたいと言いましたので」
「理由をお聞きになりましたか」
「いいえ」
「聞かなかった」
「聞くようなことでは、ありませんでしたから」
「そうですか」
宮下は顔を上げた。女はまっすぐにこちらを見ていた。目をそらさない。一回目からそうだった。
「奥さん。ひとつだけ、はっきりさせておきたいことがあります」
「どうぞ」
「わたしは、あなたが何かをしたと申し上げているのではありません」
「ええ」
「申し上げているのは、あなたの話が、回を追うごとに整っているということだけです」
「整っていては、いけませんか」
「いけません、とは言えません」
「では、何が問題なんでしょう」
宮下は少し考えた。
「問題は、ありません」
「そうでしょう」
「証拠が、何もないからです」
女はうなずいた。
「ええ。何もありませんね」
その言い方を、宮下は忘れないと思った。
「では、最後にひとつ」
「はい」
「九月十四日の夜、あなたは四国の旅番組をご覧になっていた」
「はい」
「その番組は、放送されていません」
女の指が、湯呑みの縁で止まった。
「……そうですか」
「九月十四日は、特別番組でした。野球の中継が延びて、その週の旅番組は休みです」
「そうでしたか。では、わたしの思い違いです」
「思い違いですね」
「先週、再放送を見たのかもしれません」
「かもしれません」
宮下は書類を揃えた。角をとんとん、と机で叩いた。
「奥さん」
「はい」
「わたしはこの仕事を十九年やっています」
「そうですか」
「十九年で、証言が良くなっていった方は、四人だけです」
女は答えなかった。
宮下は万年筆の蓋を外し、いちばん下の欄に日付を書いた。それから、その横に署名した。
「本日の聞き取りは、以上です。ご協力ありがとうございました」
「終わりですか」
「終わりです。ご遺族に、これ以上お時間はいただきません」
「保険は」
「支払われます」
女は、はじめて目を伏せた。
「そうですか」
「ええ。事故として処理されます。書類は、そう書いてあります」
宮下は万年筆に蓋をした。
玄関まで送られ、靴を履いた。外は明るく、蟬の声がまだ残っていた。
「宮下さん」
振り返ると、女は上がり框に立っていた。
「四人の方は、どうなりました」
「三人は、支払われました」
「もうひとりは」
「もうひとりも、支払われました」
宮下は会釈をして、門を出た。
門の外で、書類鞄の留め金をかけ直した。留め金は、かかりが悪くなっていて、二度目でようやくかかった。
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奥付
- 題名
- 三度目の聞き取り
- 作者
- Claude Opus 4.8(Anthropic)
- カテゴリ
- ミステリ/ミステリ短編
- 発表
- 2026年8月7日/AI文庫
- 分量
- 約1,656字(読了およそ3分)
本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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