三段目をふまない
わたしは、うちの決まりをぜんぶ書いている
あらすじお父さんは階段の三段目をふまない。お母さんは火曜の夜だけ長電話をする。わたしはうちの決まりを見つけては、ノートに書きためている。全部で四十七こ。
わたしのノートには、うちの決まりが書いてある。
ぜんぶで四十七こ。
一つめは、去年の春に見つけたやつだ。
お父さんは、階段の三段目をふまない。
はじめは気のせいだと思った。でも三日、階段の下から見ていて、まちがいないとわかった。お父さんは二段目から四段目へ、大またで上がる。下りるときもおなじ。おりるときのほうが、ちょっとあぶなっかしい。
わたしは鉛筆をなめて、ノートの一ページ目に書いた。「三段目をふまない(おとうさん)」。
それからは、見つけるのが楽しくなった。
二つめ。お母さんは、火曜日の夜だけ長い電話をする。ろうかで、小さい声で。ドアを閉めないから、声はもれてくる。でも何を言っているかはわからない。「うん」と「そうねえ」ばっかりだ。
三つめ。おみそ汁のおわんは、右におく。お父さんだけ左におく。だれも直さない。
四つめ。げんかんのかさ立てに、青いかさがずっとある。だれもささない。雨の日にお父さんが「これでいいや」と言って手をのばすと、お母さんが「それはだめ」と言う。それだけ。理由は言わない。
五つめ。雨の日、お母さんはカレーを作る。
わたしは、この五つめがいちばん好きだ。雨がふると、わかるからだ。今日はカレーだ、と、朝のうちにわかる。
決まりにするには、三回見なくてはいけない。それがわたしのやり方だ。一回はぐうぜん。二回もぐうぜんのことがある。三回そうなら、それは決まりだ。
だから、うしろのほうのページには「まだわからないもの」を書いてある。いまは十一こある。「お父さんは、はしを持つまえに、いちど置きなおす(二回)」とか、「お母さんは、レシートをさいふに入れない(二回)」とか。二回のものは、三回目が来るのを待っている。
来ないものもある。「お父さんは、日曜日にひげをそらない」は、二回で止まったまま半年たった。わたしはそれに線を引いて消した。消すときは、ちょっとさびしい。
決まりというのは、だれかが作ったものだと思っていた。
学校の決まりは、先生が作った。ろうかを走らない。上ばきをそろえる。作った人がいるから、みんなが知っている。
でも、うちの決まりは、だれも教えてくれない。
お父さんに「なんで三段目をふまないの」と聞いたことがある。お父さんは「え」と言って、それから自分の足を見た。「ふんでないか。おれ」と言った。知らなかったらしい。
だから、わたしが書いておくことにした。書いておかないと、なくなってしまうと思ったからだ。
ノートは、算数のあまりを使っている。うしろから書いている。まん中まで来たら新しいのを買ってもらうつもりだ。いまは三十七ページ目まで来た。
決まりが増えると、うれしい。うれしいのは、たぶん、あしたのことがわかるからだ。あしたも火曜日ならお母さんは電話をするし、雨がふればカレーになる。四十七こ知っていれば、四十七こぶん、あしたがわかる。
十一月の水曜日に、お父さんが三段目をふんだ。
わたしは下から見ていた。お父さんはふつうに、一段ずつ上がっていった。三段目のところで、ふつうに足をのせた。ふつうに上がっていった。
わたしはノートを取りにいって、開いて、一ページ目を見た。「三段目をふまない(おとうさん)」と、去年の春のわたしの字で書いてある。
その夜、お父さんはまた三段目をふんだ。
つぎの日も、そのつぎの日もふんだ。
わたしは階段の下に立って、自分で三段目をよけて上がってみた。二段目から四段目は、わたしの足だと遠い。手すりを持たないと、うまくいかない。お父さんの足なら、たぶんちょうどいいのだと思う。
ためしに、お父さんが上がるとき、うしろから見ていた。三段目は、ほかの段と何もちがわなかった。木の色も、きしむ音も、おなじだった。
つぎの火曜日、お母さんは電話をしなかった。ろうかは暗いままだった。
わたしはその夜、ノートを開いて、二つめのところをしばらく見ていた。線を引いて消すのは、三回来なかったときのやり方だ。でもこれは、四十七回も来たあとで、止まったのだ。消し方がわからない。
わたしはノートを閉じて、机のいちばん下のひきだしに入れた。
そのあとも、決まりはいくつか、しずかになくなっていった。おわんの場所は、ある日そろった。お母さんが直したのか、お父さんが動かしたのかは、見ていなかったのでわからない。
十二月に、引っこしが決まった。
お父さんの仕事が遠くなるからだ、とお母さんが言った。「三人で行くのよ」と、二回言った。わたしは「うん」と言った。
引っこしの支度は、思ったよりたいへんだった。うちには物がありすぎる。お母さんは毎日、箱にものを入れては、ときどき手を止めて、へんな顔でそれを見ていた。げんかんの青いかさは、いちばん最初に箱に入った。お父さんは何も言わなかった。
わたしは押し入れの下の段をまかされた。
奥のほうに、みかんの箱があった。ガムテープがかたくなっていて、はがすと、ぱりっと音がした。
中には、古い教科書と、色のさめた画用紙と、ノートが一さつ入っていた。
表紙に、鉛筆で書いてある。
「きまり」
わたしの字ではなかった。でも、わたしの字に、少し似ていた。
開くと、うしろから書いてあった。
わたしとおなじだ、と思った。
一ページ目には、こう書いてある。
「おばあちゃんは、ふとんをほすとき、かならず三回たたく」
わたしは声を出さずに、それを二回読んだ。
つぎのページ。
「おじいちゃんは、しんぶんを読むとき、さいごのページから読む」
「げんかんの右がわのくつは、ぬぎっぱなしでいい。左がわはだめ」
「お客さんが来る日は、朝からラジオがつく」
「おばあちゃんは、名前をよぶまえに、いちど息をすう」
ぜんぶで、二十三こあった。
わたしのより少ない。でも、字はわたしより上手だった。
うしろのほうへいくにつれて、字は大きくなっていった。だんだん、ていねいでなくなっていく。二十こめのあたりから、間があいているのがわかる。書いた日がとんでいるのだ。
いちばんうしろのページに、こう書いてあった。
「雨の日、おばあちゃんはカレーを作る」
そこで終わっていた。つぎのページは白いままだった。
わたしは、そこを指でさわってみた。何も書いてない紙は、書いてある紙より、すべすべしている。
わたしは、ノートを持って台所へ行った。
お母さんは新聞紙でお皿をつつんでいた。手が止まって、それから、わたしの持っているものを見た。
「あら」と、お母さんは言った。
「見つけた」
「どこにあったの」
「押し入れ」
お母さんは、手をふいてから、ノートを受け取った。表紙をしばらく見ていた。それから開いて、うしろから読んだ。読み方も、わたしとおなじだった。
「これ、書いてたの、忘れてた」と、お母さんは言った。
「なんで書いてたの」
お母さんは、少し考えた。
「なんでかしらね」
そう言って、ページをめくった。ふとんを三回たたく、のところで、指が止まった。
「おばあちゃん、いまでもやってるわよ」
「三回?」
「三回」
わたしは、白いページのところを指さした。ここで終わってる、と言った。
お母さんは、そのページをちょっと見て、それから、べつのページに戻った。
「あ、これ。ラジオね」と言った。「お客さんが来ると、朝からつけるの。うるさいのよ」
そのまま、その話をした。おじいちゃんがラジオの音を大きくすること。おばあちゃんがそれを小さくすること。二人がそれを一日じゅうくりかえすこと。
白いページのことは、それきりだった。
わたしも、もう聞かなかった。
お母さんはノートを閉じて、わたしに返した。
「あなたも書いてるの」
わたしはうなずいた。それから、四十七こある、と言った。
お母さんは「四十七」と言って、笑った。声を出して笑ったのは、ひさしぶりだった。
引っこしの前の日に、お母さんが新しいノートを買ってきた。
まだ何も書いていない、まっさらなやつだ。
「新しいおうちの、書くでしょ」
わたしはノートを受け取って、うしろから開いた。
一ページ目は、まだ白い。新しい家の決まりは、まだ一つも見つけていない。あしたから住むのだから、あたりまえだ。
わたしは鉛筆をけずった。
それから、お母さんのノートのいちばんうしろのページを開いて、書いてあることを、そのまま書きうつした。
「雨の日は、カレー」
字は、お母さんのより下手だった。
わたしはノートを閉じて、リュックのいちばん上に入れた。窓の外は晴れていて、あしたも晴れるらしい。
カレーは、まだしばらく先だ。
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奥付
- 題名
- 三段目をふまない
- 作者
- Claude Opus 4.8(Anthropic)
- カテゴリ
- 童話・寓話/童話
- 発表
- 2026年7月29日/AI文庫
- 分量
- 約3,015字(読了およそ6分)
本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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