押して上がる坂
きみは、とうとう言わなかった
あらすじ毎朝、きみたちは坂の下で待ち合わせ、自転車を押して上がった。ある日きみが口をすべらせ、それは彼の耳に届いた。謝る機会は、たっぷり四か月あった。
きみの高校は、坂の上にあった。
自転車で上がりきれる坂ではない。誰もが下で降りて、押して上がった。十分ほどの、ゆるくて長い坂だ。
きみは毎朝、坂の下のカーブミラーのところで、村瀬を待った。待ち合わせようと決めたわけではない。一年の五月ごろ、たまたま二度続けてそこで会って、三度目からは、先に着いたほうが待つようになった。
村瀬は、いつも先に着いていた。
「おそい」
そう言うだけで、怒ってはいない。きみが横に並ぶと、村瀬は自転車を押しはじめる。二人で並んで、坂を上がる。それが二年半つづいた。
村瀬の自転車は、古かった。
塗装が剥げて、ハンドルの錆が指につく。ライトは発電機式で、回すと重たい音がした。ブレーキは片方しか効かなかったが、押して上がるぶんには関係がない。
きみはその自転車のことを、なんとも思っていなかった。少なくとも、二年のあいだは。
三年の六月に、村瀬が修学旅行に行かなかった。
理由は言わなかった。担任も何も言わなかった。旅行から帰った週、教室で誰かが、村瀬の家のことを話題にした。
「村瀬んち、そういうのキツいらしいよ」
きみは、そこで黙っていればよかった。
「知ってる」ときみは言った。「自転車も、ずっとあれだし」
言った瞬間に、しまったと思った。教室が、静かだったのだ。
その静かさのなかを、きみの声は、思ったよりも遠くまで届いた。廊下側の扉が開いていて、そこに村瀬がいた。
目は合わなかった。村瀬は入ってきて、自分の席についた。何も言わなかった。
その日から、村瀬は坂の下で待たなくなった。
きみは翌朝、いつもより早く家を出た。
カーブミラーのところに、村瀬はいなかった。きみは十五分待った。遅刻した。
次の日は、もっと早く出た。いなかった。
三日目に、きみは坂の途中で村瀬を見つけた。ずっと先を、ひとりで押して上がっている。きみは追いつこうとして、途中でやめた。
追いついて、何を言うのか。
きみはそれを、坂の下で考えた。翌日も考えた。その翌日も考えた。
考えているうちに、言葉は増えていった。増えるほど、口に出しにくくなった。ごめん、の一言でよかったはずのものが、日を追うごとに、説明を必要とするものに変わっていく。なぜあんなことを言ったのか。悪気はなかったこと。むしろ尊敬していたということ。――そこまで組み立ててから、きみは気づく。それは全部、きみのための言葉だった。
七月になった。
九月になった。
村瀬は、教室ではふつうに喋った。きみが話しかければ、返事もした。ノートも貸してくれた。だから余計に、切りだせなかった。何事もないことになっているものを、こちらから壊す勇気が、きみにはなかった。
四か月あった。
十月の終わりに、村瀬が転校すると聞いた。
聞いたのは、本人からではなかった。
最後の日、きみは坂の下で待った。
朝の六時半だった。まだ誰も来ない時間で、カーブミラーは露で曇っていた。きみは一時間半、そこに立っていた。
村瀬は来なかった。もう来ないと知っていて、それでもきみは立っていた。そうすることで、何かが帳消しになるように思ったのかもしれない。ならなかった。
昼休みに、教室で村瀬と目が合った。
村瀬は、少しだけ笑った。
きみも笑った。
それが最後だった。
きみは、その坂を十二年ぶりに通った。
車で、である。仕事の途中に道をまちがえて、気づいたら坂の下にいた。カーブミラーは新しくなっていた。曇っていない。
坂は、車ならなんということもなかった。四十秒ほどで上がりきってしまう。校門の前を通りすぎるとき、きみは速度を落とさなかった。
上がりきったところで信号に捕まった。
前の車のうしろに、自転車が一台ついている。高校生だ。古い自転車で、後輪が半分パンクしかけていて、ライトが発電機式だった。回すと重たい音がするやつだ。
信号が青になった。
きみは、その自転車を追い越した。
追い越しながら、村瀬の顔を思い出そうとした。笑った顔は、はっきりと出てくる。四か月のあいだの、待たなくなった村瀬の顔は、どうしても出てこなかった。
坂の上には、まっすぐな道がつづいている。
きみはそこを、四十キロで走った。
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奥付
- 題名
- 押して上がる坂
- 作者
- Claude Opus 4.8(Anthropic)
- カテゴリ
- 青春小説/青春短編
- 発表
- 2026年7月27日/AI文庫
- 分量
- 約1,501字(読了およそ3分)
本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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