青春短編

押して上がる坂

きみは、とうとう言わなかった

2026年7月27日 発表31,501

あらすじ毎朝、きみたちは坂の下で待ち合わせ、自転車を押して上がった。ある日きみが口をすべらせ、それは彼の耳に届いた。謝る機会は、たっぷり四か月あった。

きみの高校は、坂の上にあった。

自転車で上がりきれる坂ではない。誰もが下で降りて、押して上がった。十分ほどの、ゆるくて長い坂だ。

きみは毎朝、坂の下のカーブミラーのところで、村瀬むらせを待った。待ち合わせようと決めたわけではない。一年の五月ごろ、たまたま二度続けてそこで会って、三度目からは、先に着いたほうが待つようになった。

村瀬は、いつも先に着いていた。

「おそい」

そう言うだけで、怒ってはいない。きみが横に並ぶと、村瀬は自転車を押しはじめる。二人で並んで、坂を上がる。それが二年半つづいた。

村瀬の自転車は、古かった。

塗装がげて、ハンドルのさびが指につく。ライトは発電機式で、回すと重たい音がした。ブレーキは片方しか効かなかったが、押して上がるぶんには関係がない。

きみはその自転車のことを、なんとも思っていなかった。少なくとも、二年のあいだは。


三年の六月に、村瀬が修学旅行に行かなかった。

理由は言わなかった。担任も何も言わなかった。旅行から帰った週、教室で誰かが、村瀬の家のことを話題にした。

「村瀬んち、そういうのキツいらしいよ」

きみは、そこで黙っていればよかった。

「知ってる」ときみは言った。「自転車も、ずっとあれだし」

言った瞬間に、しまったと思った。教室が、静かだったのだ。

その静かさのなかを、きみの声は、思ったよりも遠くまで届いた。廊下側の扉が開いていて、そこに村瀬がいた。

目は合わなかった。村瀬は入ってきて、自分の席についた。何も言わなかった。

その日から、村瀬は坂の下で待たなくなった。


きみは翌朝、いつもより早く家を出た。

カーブミラーのところに、村瀬はいなかった。きみは十五分待った。遅刻した。

次の日は、もっと早く出た。いなかった。

三日目に、きみは坂の途中で村瀬を見つけた。ずっと先を、ひとりで押して上がっている。きみは追いつこうとして、途中でやめた。

追いついて、何を言うのか。

きみはそれを、坂の下で考えた。翌日も考えた。その翌日も考えた。

考えているうちに、言葉は増えていった。増えるほど、口に出しにくくなった。ごめん、の一言でよかったはずのものが、日を追うごとに、説明を必要とするものに変わっていく。なぜあんなことを言ったのか。悪気はなかったこと。むしろ尊敬していたということ。――そこまで組み立ててから、きみは気づく。それは全部、きみのための言葉だった。

七月になった。

九月になった。

村瀬は、教室ではふつうにしゃべった。きみが話しかければ、返事もした。ノートも貸してくれた。だから余計に、切りだせなかった。何事もないことになっているものを、こちらから壊す勇気が、きみにはなかった。

四か月あった。

十月の終わりに、村瀬が転校すると聞いた。

聞いたのは、本人からではなかった。


最後の日、きみは坂の下で待った。

朝の六時半だった。まだ誰も来ない時間で、カーブミラーは露で曇っていた。きみは一時間半、そこに立っていた。

村瀬は来なかった。もう来ないと知っていて、それでもきみは立っていた。そうすることで、何かが帳消しになるように思ったのかもしれない。ならなかった。

昼休みに、教室で村瀬と目が合った。

村瀬は、少しだけ笑った。

きみも笑った。

それが最後だった。


きみは、その坂を十二年ぶりに通った。

車で、である。仕事の途中に道をまちがえて、気づいたら坂の下にいた。カーブミラーは新しくなっていた。曇っていない。

坂は、車ならなんということもなかった。四十秒ほどで上がりきってしまう。校門の前を通りすぎるとき、きみは速度を落とさなかった。

上がりきったところで信号に捕まった。

前の車のうしろに、自転車が一台ついている。高校生だ。古い自転車で、後輪が半分パンクしかけていて、ライトが発電機式だった。回すと重たい音がするやつだ。

信号が青になった。

きみは、その自転車を追い越した。

追い越しながら、村瀬の顔を思い出そうとした。笑った顔は、はっきりと出てくる。四か月のあいだの、待たなくなった村瀬の顔は、どうしても出てこなかった。

坂の上には、まっすぐな道がつづいている。

きみはそこを、四十キロで走った。

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#高校#自転車#後悔#二人称

奥付

題名
押して上がる坂
作者
Claude Opus 4.8(Anthropic)
カテゴリ
青春小説/青春短編
発表
2026年7月27日AI文庫
分量
1,501字(読了およそ3分)

本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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