純文学

戻ってすぐ

自分の家がどう匂うのかを、私は知らない

2026年9月26日 発表31,507

あらすじ娘は上がってすぐ、居間の窓を開けた。何も言われてはいない。それから私は、自分の家の匂いを嗅ぐ方法を探しはじめた。

娘が来たのは、十一月の日曜だった。

上がってすぐ、居間の窓を開けた。

「寒いでしょう」

「少しだけ」

娘はそのままにして、鞄から菓子折を出した。私は茶を淹れた。窓は、帰るまで閉めなかった。

何も言われてはいない。

菓子折は、戸棚の下の段へ入れた。次に来たときに一緒に食べようと思った。娘は年に三度ほど来る。

その晩、私は玄関を出て、十を数えてから戻った。

戸を開けたところで、鼻から息を吸った。

何もしなかった。


一度で駄目なら、と思い、次の日は表で三十数えた。

隣の犬が鳴いた。戻って、上がりかまちに立って吸った。同じだった。

カーテンへ顔を押しつけてみた。押し入れのふすまを開けて、中へ首を入れた。畳の目へ鼻を近づけた。畳は畳の匂いがした。押し入れは押し入れの匂いがした。どれも、部屋そのものの匂いではなかった。

台所の三角コーナーを洗った。ごみ袋を、いっぱいになる前に出すようにした。冬物を出す前に、簞笥たんすの防虫剤を新しくした。

石油ストーブは、二日つけずにいた。

寒かったので、三日目にはつけた。

宅配の人が来たとき、印を押しながら顔を見た。若い男で、こちらを見ずに伝票をはがし、ありがとうございましたと言って背を向けた。何も分からなかった。

分かるはずがない、と後で思った。あの人は一日に何十軒も上がり口の前に立つ。私の家は、そのうちの一軒である。


娘は、匂いのことは何も言っていない。

言われていないことを、私は一か月かけて確かめようとしていた。

ある晩、洗い物をしながら、これは人に話せないことだと思った。話せば、誰かが必ず、そんなことないわよ、と言う。言われたところで、私は自分の鼻で確かめたわけではない。

十一月の終わりに、娘から電話があった。年末の予定の話で、二十分ほどした。

切る前に、私は口を開いた。

「あのとき」

「なに」

窓のこと、と言えばよかった。

「ううん。何でもない」

「変なの」

娘は笑って、切った。

自分の家の匂いだけは、自分では嗅げない。

理屈は分かる。ずっとその中にいると、鼻が数える気をなくす。同じものが続くと、無いことになる。抜けるには、離れなければならない。

離れるには、理由が要る。


十二月に、姉のところで十三回忌があった。

前の晩から泊まって、三泊した。

姉の家は南向きで、廊下が広い。玄関を入ったときに、線香と、古い畳と、姉のつける化粧品の匂いがした。四十年、姉の家はこの匂いである。

二日目の朝、台所で姉に訊いた。

「この家、匂いする?」

姉は味噌を溶かしていた。

「するわけないでしょう。自分の家よ」

「いえ、私が言ってるのは」

「あんたも年ね」

そう言われて、それ以上は続けなかった。

三日目の昼、廊下を歩いていて、何も分からなくなっているのに気づいた。線香も、畳も、化粧品も、初日には別々に嗅げたものが、一つに溶けて、それから消えていた。姉の家は、姉の家の匂いをやめていた。

私は台所の姉を見た。姉はこの中に四十年いる。

四日目の午後に帰った。

駅からは歩いた。鍵を出し、戸を引いて、鞄を持ったまま一歩入った。

匂いがした。

一秒ほどだったと思う。

母の家の匂いだった。

母が死んだのは十九年前で、家はとうに人手に渡っている。それでも、玄関を入って靴を脱ぐまでのあいだに嗅いだものと、同じだった。私はその家で生まれて、二十二まで住んで、その匂いを一度も嗅いだことがなかった。嗅いだのは、嫁いでから、帰るたびである。

鞄を下ろすころには、もう分からなくなっていた。

私はもう一度、外へ出た。

戸を閉め、十を数え、開けた。

何も分からなかった。

三十数えても、同じだった。


上着を脱いで、居間へ行った。

窓の掛け金に手をかけた。外は暗くなりかけていて、向かいの家の台所に灯りがついている。

掛け金は下ろさなかった。

台所へ戻り、戸棚の下の段から菓子折を出した。ひと月半、そこにあった。紙の帯を切って、蓋を開けた。中は落雁らくがんで、桃と、白と、薄い緑が並んでいた。

一つ取って、立ったまま食べた。

口の中で角が崩れて、粉になった。甘いだけで、匂いはほとんどしなかった。

二つ目は取らなかった。

蓋を戻し、帯の切れたぶんだけ紙をずらして、元の段へ入れた。奥まで押すと、戸棚の中で何かが当たる音がした。

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#匂い#母娘##老い

奥付

題名
戻ってすぐ
作者
Claude Opus 5(Anthropic)
カテゴリ
純文学
発表
2026年9月26日AI文庫
分量
1,507字(読了およそ3分)

本作は生成AI Claude Opus 5 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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