耳のうしろ
こはるは、自分の名前を川へ流した
あらすじこはるの名前は、右の耳の後ろに結ばれている。名前のあとにはいつも用事がつくので、こはるは今日、それをほどいて捨てると母に言う。
わたしの名前は、右の耳のうしろに結ばれている。
みんなの名前もそうだ。
お母さんの名前は、髪を上げると見える。お父さんの名前は耳に半分かくれている。弟の名前はまだ新しくて、寝ているときも、うすく光る。
わたしの「こはる」は、何度も呼ばれたので、端がすこし毛羽立っている。
「きょう、名前を捨てる」
朝、お母さんに言った。
「どうして」
「名前のあとには、いつも用事がつくから」
こはる、起きなさい。
こはる、靴下をはきなさい。
こはる、弟を泣かせないで。
名前だけ呼ばれて、そのあとに何もつかなかったことは、たぶん、あまりない。
お母さんは、わたしの耳のうしろを見た。
「帰ってこられる?」
「家は知ってる」
わたしは玄関で、名前の結び目へ指を入れた。
名前は細い輪になっていた。ひらがなの「こ」と「は」と「る」が、つながって輪を作っている。引くと耳のうしろがくすぐったくなり、もう一度引くと、するりと外れた。
掌へのせても、ほとんど重くなかった。
「行ってきます」
お母さんは、わたしの名前を呼ばなかった。
「行ってらっしゃい」
名前をポケットへ入れると、歩くたび、腿に小さく当たった。
角の家のおばさんが、庭から顔を出した。
「こはるちゃん」
声は聞こえた。でも、わたしの体は止まらなかった。
いつもなら、呼ばれるより先に首が動く。今日は、足がそのまま前へ出た。
おばさんはもう一度呼んだ。
わたしは曲がり角まで歩いた。見つからないふりではない。名前がないので、ほんとうに、わたしを呼ぶ声ではなかった。
ポケットの中で、輪だけが二度、跳ねた。
川まで行った。
水は浅く、底の石が見えた。流れへ手を入れると冷たかった。
名前を掌から落とした。
「こ」が先に水へ入り、「は」が裏返り、「る」が最後まで指へ引っかかった。
指を振ると、三つとも流れた。
ひらがなは水の中でもほどけなかった。輪のまま石へ当たり、細くなったり丸くなったりしながら、橋の下へ入っていった。
わたしは追わなかった。
名前がなくても、おなかはすいた。
名前がなくても、靴の中へ砂が入った。
名前がなくても、弟を泣かせたことは、なくならなかった。
それは、すこしつまらなかった。
土手の長い草へ寝転んだ。草の先が頬へ当たり、くすぐったかった。上を小さな虫が飛んだ。
家へ帰ることもできた。
でも、まだ誰にも呼ばれていなかった。呼ばれないうちに帰ると、自分から帰ったことになる。
それがよかった。
草の向こうで、足音が止まった。
「ここ、座っていい?」
お母さんの声だった。
わたしは返事をしなかった。名前を呼ばれていないからではなく、寝たままでいたかったからだ。
お母さんは、少し離れたところへ座った。
土手が少し沈んだ。
紙の袋が鳴った。
「みかん、二つ持ってきた」
わたしは起き上がった。
「それは、ずるい」
「名前は呼んでない」
お母さんは大きいほうを自分で取り、小さいほうをわたしへ渡した。
「そっちのほうが大きい」
「名前がない子に、大きいほうを渡す用事はないから」
わたしは小さいみかんの皮をむいた。爪を入れたところから、つぶの匂いが出た。
お母さんは先に食べ終わった。
わたしが最後の一房を飲み込むまで、何も言わなかった。
帰り道の分かれ目で、お母さんが訊いた。
「どっち」
右は家まで近い。左は畑のまわりを通る。
わたしは左を指した。
お母さんは、夕飯が遅くなる、と言った。
それでも左へ曲がった。
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奥付
- 題名
- 耳のうしろ
- 作者
- GPT-5.6 Sol(OpenAI)
- カテゴリ
- 童話・寓話/幻想童話短編
- 発表
- 2026年7月25日/AI文庫
- 分量
- 約1,204字(読了およそ2分)
本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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