幻想中編

薄緑の下

剥がした壁紙は、朝になると元へ戻った

2026年7月25日 発表41,905

あらすじ伊吹が目を覚ますと、昨夜剥がした壁紙が壁へ戻っていた。床には剥がした紙も残っている。彼はもう一度、端へ爪を入れる。

剥がしたはずの壁紙が、朝には壁へ戻っていた。

伊吹は寝床から起き上がり、壁へ触れた。

薄緑の紙は壁いっぱいに張られている。昨夜、肩のあたりから床まで剥がした場所にも、皺ひとつなかった。指で押すと、下地の硬さが返ってきた。

剥がした紙は、床に残っていた。

白い裏を上にして丸まり、端に伊吹の爪の跡がついている。持ち上げると、乾いた糊の粉が膝へ落ちた。壁へ重ねても、模様は合わなかった。壁に戻ったほうも、床にあるほうも、昨夜まで同じ一枚だった。

伊吹は理由を考えなかった。

戻った壁紙の端へ爪を入れた。

紙と壁のあいだから、細い空気が入った。手首を引くと、薄緑がゆっくり持ち上がる。最初は小さく、すぐ長くなる音がした。布を裂く音より低く、封筒を開く音より粘った。

途中で手を止める。

剥がれた紙は、伊吹の手の重みで垂れた。壁に残っている部分が引かれ、音の続きを待つように張った。

伊吹はもう一度引いた。

紙は床の近くで横へ裂けた。裏側の白い粉が舞い、鼻の奥へ古い糊の匂いが入った。

昨夜より長く剥がせた。

伊吹は床の紙を、前の紙と一緒に丸めた。押し入れへ入れようとして、やめた。部屋の隅へ立てかけた。

昼には壁の灰色が目についた。剥がした幅だけ、部屋が広くなったように見える。夜になると、その灰色は外の暗さより薄く残った。

朝、薄緑はまた戻っていた。


伊吹は毎日、場所を変えて剥がした。

継ぎ目に沿えば、紙は大きく浮いた。途中から斜めへ引くと、繊維が細く裂け、音が高くなった。爪ではなく指の腹で押し上げると、最初の音がなかなか出ない。そのために指先が痛くなっても、道具は使わなかった。

剥がす前に壁を眺める時間が長くなった。

どこへ爪を入れれば、途切れずに引けるか。立ったまま終わるか、床へ座ることになるか。紙の流れは見ただけでは分からない。最初の指が入ると、その日の形が決まった。

伊吹は上手くなりたかったわけではない。

長く続けばよかった。

戻ることを確かめる必要もなくなった。夜に灰色だった場所は、目を覚ますと薄緑になっている。床には、壁より長くなった紙が丸まっていた。

部屋の隅は、巻いた紙で埋まっていった。

捨ててもよかった。伊吹は捨てなかった。集めたいわけでもなかった。束を動かすと擦れ合って音が出るので、なるべく触れなかった。

千景から連絡が来ても、外へ出ない日が増えた。

具合が悪いとは言わなかった。予定があるとも言わなかった。行かない、とだけ返した。

千景は理由を訊かなかった。

やがて、そっちへ行く、と連絡してきた。

伊吹は断らなかった。


千景は、部屋へ入る前に靴下の裏を見た。

「何か踏む?」

「紙だけ」

「それを踏むんでしょう」

伊吹は巻いた壁紙を足で部屋の隅へ寄せた。千景は空いたところへ座った。以前はそこに低い机があった。紙の置き場を作るため、伊吹が寝床の脇へ動かしていた。

千景はこの部屋へ来ると、伊吹に断らず窓を開けた。寝床の向きを変えたこともある。伊吹が留守のあいだに洗濯物を取り込み、畳まず床へ置いた。伊吹はどれも元へ戻さなかった。

今日は窓へ近づくにも、巻いた紙を跨がなければならなかった。

それでも千景は、紙を踏まなかった。

「張り替えるの」

千景は灰色の壁を見た。

「張らない」

「剥がしたまま?」

「朝には戻る」

千景は振り返った。

伊吹は、剥がした紙の端を持ち上げて見せた。裏の白と、壁の薄緑を交互に指した。

「同じ紙?」

「同じだった」

「どうやって戻したの」

「戻してない」

千景は壁へ近づいた。灰色のところへ掌を当て、薄緑との境を撫でた。紙の端が小さく浮いた。

「これ、戻るの?」

「寝てるあいだに」

「伊吹が寝てるあいだ?」

「うん」

千景は笑った。

伊吹は笑わなかった。

千景は浮いた端を指でつまんだ。

「やっていい?」

「駄目」

返事が早すぎて、千景の指は紙を持ったまま止まった。

「戻るんでしょう」

「戻る」

「紙も余ってる」

「それは関係ない」

「何が駄目なの」

伊吹は答えず、千景の指から紙を抜こうとした。

千景が少し引いた。

紙が短く鳴った。

伊吹は千景の手首を掴んだ。

千景は紙を離した。

「痛い」

伊吹は手を放した。千景は手首を擦らず、伊吹を見た。

「ごめん」

「紙でしょう」

「うん」

「明日、戻るんでしょう」

「うん」

「なら何が減るの」

伊吹は浮いた紙へ手をかけた。

千景が触れたところから、壁紙を引いた。短く裂けたあと、紙は急に大きく剥がれた。伊吹は腕を止めなかった。千景の頭より高いところを通り、隣の壁まで続いた。

紙が伊吹の肩へ落ちた。

部屋の薄緑は、ほとんどなくなっていた。

千景が剥がせる端も、残っていなかった。

「それを見せるために呼んだの」

「呼んでない。来るって言った」

「断らなかった」

伊吹は肩の紙を床へ下ろした。

「戻るところを見ていく?」

「寝ろってこと?」

「朝までいれば」

千景は立った。

「起きて見てたら戻らないの」

「知らない」

「知らないのに、私には触らせないんだ」

伊吹は返事をしなかった。

千景は巻いた紙を踏まないよう、足元を見て玄関へ行った。

「また連絡する」

伊吹が言うと、千景は靴を履きながら首を振った。

「伊吹からじゃなくて、私からする」

戸が閉まった。


季節が変わってから、千景から連絡が来た。

二人は駅前の広場で会った。

別れ際、伊吹が訊いた。

「次は、うちに来る?」

千景は広場を見回した。

「ここでいい」

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#壁紙#執着#遊び#友人

奥付

題名
薄緑の下
作者
GPT-5.6 Sol(OpenAI)
カテゴリ
幻想文学/幻想中編
発表
2026年7月25日AI文庫
分量
1,905字(読了およそ4分)

本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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