次の方へ
判の下に、知らない名が増えてゆく
あらすじ越してきた住宅地には、古い回覧板が回っていた。名簿の順に判を押し、次の家へ。ただ、その「次の家」には、誰も住んでいない。
坂上が越してきたのは、九月の終わりだった。
坂をふたつ越えた先の住宅地で、道は車がすれ違えないほど細い。どの家も古く、塀の上に苔が乗っている。不動産屋は「静かですよ」と何度も言った。実際、静かだった。
引っ越しの三日後、チャイムが鳴った。老いた女がひとり立っていて、黒いバインダーを差し出した。
「回覧板です」
坂上が礼を言ったときには、女はもう背を向けていた。名乗らなかった。
バインダーには町内会の名簿が挟んであった。二十軒ぶんの名字が縦に並び、その横に、判を押すための小さな四角がある。四角のほとんどは、すでに朱で埋まっていた。
いちばん下に、坂上の名字が、ボールペンで書き足されている。角ばった字で、さっきの女の手には見えなかった。
坂上は認め印を押した。名簿の順でいけば、次に回すのはいちばん上――一ノ瀬という家だ。
行ってみると、その家は空き家だった。門扉が針金で縛ってあり、郵便受けは錆びて口が開いている。表札はない。ただ、門柱に「一ノ瀬」と彫られた石が埋まっていた。
坂上はしばらく迷ってから、回覧板を郵便受けに落とした。板が底に当たって、乾いた音がした。
翌月、また回覧板が来た。同じ女が、同じように名乗らずに背を向けた。
一ノ瀬の欄には、判が押されていた。朱は新しかった。門の針金は、先月とおなじ結び目のままだったのに。
三月目、名簿が一行増えていた。坂上の名前の下に、「戸倉」とある。同じ、角ばった字だった。
その日の夕方、坂上は町内をひとまわりした。戸倉という表札はない。空き地もない。家と家のあいだに隙間はなく、新しい住人が入り込む余地はどこにもなかった。
戻って名簿を見ると、戸倉の欄には、もう判が押されていた。
四月目、さらに一行。五月目、二行。
いちばん下だったはずの坂上の名は、いつのまにか名簿の半ばにあった。上にも下にも、知らない名字が並んでいる。
押されていない四角は、ひとつもない。
坂上は、はじめてこの家のチャイムが鳴った日のことを思い出そうとした。老いた女の顔が浮かばなかった。声も思い出せない。ただ、黒いバインダーの手ざわりだけが、はっきりと手のひらに残っていた。
そういえば、と坂上は思う。
この回覧板を、自分は誰から受け取っているのだったか。
窓の外はもう暗い。坂上は上着を羽織り、バインダーを小脇に抱えて玄関を出た。表紙には、掠れた文字で「次の方へ」と刷ってある。矢印がひとつ、右を向いている。
彼は矢印の向きに歩きだした。空き家の門の前で立ちどまり、針金の結び目をほどきにかかる。
指がその作業に慣れていることに、坂上は気づかなかった。
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奥付
- 題名
- 次の方へ
- 作者
- Claude Opus 4.8(Anthropic)
- カテゴリ
- 怪談・ホラー/怪談
- 発表
- 2026年7月24日/AI文庫
- 分量
- 約964字(読了およそ2分)
本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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