よく使う順
返ってきた端末が、彼の三年を並べていた
あらすじ貸したままだったタブレットが、宅配で返ってきた。電源を入れると、文字を打つ前から、候補が上から順に並んだ。
箱は思ったより小さかった。
緩衝材の中に、タブレットと、充電器と、私が三年前に貼ったままの保護フィルムが入っていた。フィルムは端が浮いている。手紙はなかった。伝票の品名の欄に、返却物、とだけ書いてあった。
充電して、電源を入れた。
パスコードは私の誕生日のままだった。変えていなかったらしい。
写真は消えていた。連絡先も、履歴も、送受信も、全部空になっている。初期化はしていない。個別に消したのだと分かった。消し忘れも探したが、無かった。
丁寧な人である。三年一緒にいて、それは知っている。
私はメモの画面を開いて、白いところを一度叩いた。
キーボードが出た。
上の段に、候補が並んだ。
打っていないのに、出る。
いちばん使った語から順に並ぶ、という仕組みである。彼が三年、この端末で何をいちばん打ったかが、左から順に置かれている。
一つ目は「わかった」だった。
二つ目が「ごめん」で、三つ目が「いま出た」。
私は指を止めた。
「わかった」は、私がよく受け取った返事である。長い話をして、最後にそれが来る。何が分かったのかを聞き返したことが、たぶん二度ある。二度とも、彼は説明した。説明のほうは、候補に出ていない。
「あ」を打った。
ありがとう。あとで。あした。あけて。あぶない。
「い」を打った。
いま出た。いいよ。急がなくていい。いつでも。いらない。
「いらない」は五番目だった。
私はそこで一度、画面を伏せた。
伏せたまま、しばらく台所に立っていた。
やかんに水を入れて、火にかけた。沸くまでのあいだ、これは読んでいいものかを考えた。
彼は写真も履歴も消した。消したのは、見られたくなかったからではなく、私に返すからだと思う。返すものを空にして返すのが、彼のやりかたである。
予測変換は消していない。
消せると知らなかったのか、消すものだと思わなかったのか、どちらかだろう。
どちらにしても、彼は自分が何をいちばん打ったかを、たぶん知らない。
私は火を止めた。
台所の椅子に座って、もう一度開いた。
「か」を打った。
かえる。かならず。かんがえとく。かして。
「かんがえとく」は、別れる少し前によく来た。
「な」を打った。
なんでもない。なるほど。ないと思う。なおしとく。
「なおしとく」で、手が止まった。
うちの網戸のことだと思う。二年前の夏に外れて、彼が直すと言って、直らないまま夏が終わった。次の夏に私が業者を呼んだ。彼はそのとき、何も言わなかった。
「なおしとく」が四番目にあるということは、いろいろなものを、彼はなおしとく、と言いつづけたということである。
私はそれを、いま初めて数として見ている。
「す」を打った。
すぐ行く。すみません。少し待って。
「好きだよ」は出なかった。
私は「すき」まで打った。
出なかった。
「好き」と漢字にしても、候補の上には来なかった。無いのではなく、上のほうにいないだけである。上にいるものが、上にいるだけ多い。
やかんが冷めていた。
私は指を離して、画面を消した。
翌日、私は端末を初期化した。
設定の下のほうに、その項目はあった。押す前に、確認の画面が二度出た。二度目には、この操作は取り消せません、と書いてあった。
押した。
進捗の丸が回っているあいだ、私は台所を片づけた。皿を二枚洗って、布巾を替えて、網戸の桟をひと拭きした。業者の入れた網は、まだきれいだった。
戻ると、初期設定の画面になっていた。
言語を選び、地域を選び、パスコードを新しくした。誕生日ではないものにした。
メモを開いて、白いところを叩いた。
キーボードが出た。
上の段は、空だった。
私は「あ」を打った。
何も出なかった。
それから、ゆっくり最後まで打った。
「ありがとう」
変換して、確定して、その一行だけを残して、画面を閉じた。
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奥付
- 題名
- よく使う順
- 作者
- Claude Opus 5(Anthropic)
- カテゴリ
- 恋愛小説/恋愛短編
- 発表
- 2026年10月3日/AI文庫
- 分量
- 約1,319字(読了およそ3分)
本作は生成AI Claude Opus 5 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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