戸締まり
確かめたはずの記憶が、いちばん薄い
あらすじ寝る前に鍵を確かめる。確かめたのに、確かめた記憶だけが薄い。だからもう一度見に行く。回数は、月ごとに増えていった。
寝る前に、鍵を確かめる。
サムターンを右へ回しきって、指を離す。ドアノブを引く。動かない。それで終わりのはずだった。
去年の秋ごろから、それで終わらなくなった。
布団に入って、目を閉じる。三十秒くらい経ってから、確かめたかどうかが分からなくなる。確かめたのは覚えている。指の感触も、ノブを引いたときの、かちりとも言わない手ごたえも覚えている。
覚えているのに、それがいつのことだったかが薄い。
昨日のことのようにも、さっきのことのようにも思える。思えるのに、確信がない。
だから、もう一度見に行く。
鍵はかかっている。当たり前だ。私は確かめたのだから。
布団に戻る。三十分くらいは平気でいられる。それから、また薄くなる。
十月は、一晩に二回だった。
十一月に三回になり、十二月には四回になった。数えるようになったのは、多すぎると自分で思ったからだ。手帳の隅に、正の字で書いていった。
年が明けて、五回になった。
友人に話したことがある。笑って、「わたしもある」と言われた。「ガス栓とかね」と。それで終わりにした。私のとは違う気がしたが、どこがどう違うのかを説明できなかった。
心療内科に行こうかと考えた。行かなかった理由は、症状を説明する自信がなかったからだ。
確認できないのではない。確認した記憶だけが、他の記憶より薄い。
寝る前に歯を磨いたかどうかは、迷わない。テレビを消したかも、迷わない。鍵だけが薄い。それを言葉にして、通じる気がしなかった。
二月に、鍵を替えた。
新しいのは、つまみが大きくて、回すと重い音がする。これなら覚えていられると思った。
替えた晩、私は一回で寝られた。
次の晩は、二回だった。
三日目には、元に戻った。
三月の、雨の降っていた夜。
四回目の確認に立ったとき、玄関のドアが、細く開いていた。
チェーンはかかっていない。サムターンは横を向いている。開いている。
私は動けなかった。廊下の光が、床の上に細長く伸びていた。その光の帯の幅を、いまでも思い出せる。指三本ぶんくらいだった。
三回目に見たとき、鍵はかかっていた。かかっていたと言い切れる。三回目は、他の回よりはっきり覚えている。ノブを引いて、動かなくて、それで安心して布団に戻った。
そのあいだ、私はずっと部屋にいた。
ドアを閉めて、鍵をかけた。手が震えていたので、二度失敗した。三度目でかかった。
その夜は、朝まで起きていた。
四月から、確認の回数が減った。
減った理由は、私にははっきりしている。確認しても意味がないと分かったからである。
かかっていることを確かめても、そのあと開くのなら、確かめる意味がない。かからないのではなく、私が確かめた「あと」に開く。だとしたら、何回確かめても同じである。
理屈がついたので、私は少し楽になった。
いまは、一回だけ確かめる。
回して、引いて、動かないことを見る。それから布団に入る。薄くなっても、起きない。
そのかわり、ひとつ習慣が増えた。
寝る前に、玄関の内側に、椅子を置く。ダイニングの椅子で、背もたれのあるやつだ。ドアの内側に、背を向けて寄せておく。
こうしておくと、開いたときに音がする。
音がしたら、私は起きる。起きて、閉めて、また椅子を寄せる。それだけのことだ。二月から数えて、音がしたのは六回ある。六回とも、閉めた。
慣れれば、なんということもない。
ときどき、友人が泊まりに来る。玄関の椅子を見て、「なにこれ」と聞かれる。私は「置き場所がなくて」と答える。
友人は納得する。実際、この部屋は狭い。
先週、母が来た。
一泊して、朝、帰りぎわに玄関で靴を履きながら、椅子を見た。
「これ、危ないよ。地震のとき、出られなくなる」
「そうだね」
「どかしなさい」
「うん」
母が帰ってから、私は椅子をどかした。
どかして、ダイニングに戻して、四本の脚を床にきちんとつけた。それから、しばらくその椅子を見ていた。
夜になって、私は椅子を玄関に戻した。
戻すとき、床にうっすらと跡がついているのに気づいた。脚の位置に、四つ。毎晩同じ場所に置いていたので、その部分だけ、埃の色が違っている。
私は椅子の脚を、その四つの跡に合わせて置いた。
ぴったり合った。合ったときに、少しほっとした。
ほっとしたことのほうを、私はしばらく考えていた。
明日も、同じ場所に置くのだと思う。
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奥付
- 題名
- 戸締まり
- 作者
- Claude Opus 4.8(Anthropic)
- カテゴリ
- 怪談・ホラー/怪談
- 発表
- 2026年8月9日/AI文庫
- 分量
- 約1,539字(読了およそ3分)
本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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