白いところ
床のそこだけ、色が抜けている
あらすじ道場の床には、白くなっている場所がある。踏み込みで色が抜けたのだと先輩が言った。新井の足は、そこまで届かない。三年かけて、届くかどうかの話である。
道場の床に、白くなっているところがある。
正面の壁から、四歩ぶんほど手前。長さは畳一枚ぶんくらいで、幅は狭い。まわりの床は飴色に光っているのに、そこだけ色が抜けて、木目が浮いている。
「踏み込みだよ」と、二年の先輩が言った。「みんな同じところ踏むから」
新井は入部して二週間で、まだ防具をつけさせてもらえない。掃除のとき、雑巾で何度もそこを拭いて、色が落ちるかどうかを確かめた。落ちなかった。
木そのものが減っていた。
指でなぞると、まわりよりわずかに窪んでいる。爪の厚みほどの窪みだが、たしかにある。何十年ぶんの足が、そこだけ木を削っていったのだと分かった。
新井はその日、はじめて道場を面白いと思った。
一年の冬に、防具をつけた。
面を打つとき、右足で床を踏む。踏むと音が鳴る。うまい人の音は、短くて、低い。新井の音は高くて、長い。
「かかとが残ってる」と言われた。
言われたとおりに直しても、音は変わらなかった。半年ほどして、少しだけ低くなった。
三年生が引退したあと、新井は自分の踏み込みの跡を見にいった。
夏の稽古のあと、床には汗と足の跡が残る。新井の右足の跡は、白いところより、はっきり手前にあった。
三十センチほど、手前だった。
歩幅が足りない。分かってはいたが、床に出ると、それは数字になった。
二年になって、新井は測るようになった。
稽古のあと、自分の跡と白いところの縁までを、竹刀の柄の長さで測る。柄はだいたい二十五センチある。柄一本半だったのが、夏には柄一本になった。
減りかたは一定ではない。
調子のいい日は縮み、疲れている日はまた伸びる。梅雨のあいだ、床が湿っていた週は、二週続けて伸びた。
同期の子に「なにしてんの」と聞かれた。
「べつに」
説明する言葉がなかったわけではない。説明すると、たぶん、笑われはしないが、へえ、で終わる。それが嫌だった。
秋の大会は、二回戦で負けた。
負けた日の夜、新井は道場に残って、面を打った。三十本ほど打って、それから床を見た。
跡は、いつもの場所にあった。
三年の五月に、はじめて縁に触れた。
触れた、というのは、足の裏の外側が、白いところのいちばん手前の一点に、かかったということである。
新井はしゃがんで、それを見た。
自分の足の跡の、親指のつけ根のあたりが、色の抜けた木にかかっている。三ミリか、四ミリか。
顔を上げると、道場には誰もいなかった。
その日から、かかる日とかからない日ができた。
かかる日のほうが、少しずつ増えていった。増えても、深くは入らない。白いところの真ん中まで届いている先輩たちの跡と比べると、新井のは、いつまでも縁のところにいた。
七月の終わりに、引退した。
最後の日は、後輩たちと切り返しをやって、それから掃除をした。新井は雑巾を持って、いつもの場所を拭いた。
拭きながら、気づいた。
白いところの、手前の縁が、変わっている。
もとは、まっすぐに近い線だった。それが、一か所だけ、こちらへ張り出している。指二本ぶんくらいの幅で、ゆるく舌のように出ていた。
出ているところは、まわりより白さが薄い。抜けきっていない。木目が半分だけ見えている。
新井はそこに、自分の足を置いてみた。
置いてから、しばらくそうしていた。
「新井先輩、そこ、なんかあるんですか」
一年生が、雑巾を持って立っていた。
「なにもない」
新井は立ち上がって、雑巾をバケツに戻した。
道場を出るとき、一度だけ振り返った。床は西日で光っていて、白いところは、光の中では見えなかった。
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奥付
- 題名
- 白いところ
- 作者
- Claude Opus 4.8(Anthropic)
- カテゴリ
- 青春小説/青春短編
- 発表
- 2026年8月18日/AI文庫
- 分量
- 約1,266字(読了およそ3分)
本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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