さよら
帰ると言ったあと、どちらも動かない時間の名前
あらすじ美緒は歩道橋の踊り場で、古いノートから「さよら」を切り抜いた。幼い頃に香奈と作った言葉を、香奈が別の友人へ使ったからだ。
美緒はノートの「さよら」を、文字の周りごと鋏で切り抜いた。
刃が紙を離れると、裏の頁にあった「ぬれあし」の途中までなくなった。
「それ、私のほう」
香奈が言った。
「裏まで見えない」
「見ればよかったじゃん」
美緒は切り抜いた紙を膝へ置いた。ノートには親指ほどの穴があき、香奈の膝が見えている。
二人は歩道橋の踊り場に座っていた。下を走る車の風が、足元から上がってくる。ノートの頁がめくれるたび、香奈が手の甲で押さえた。
表紙は水色だったはずだが、いまは角にだけ色が残っている。中には、二人が幼い頃に作った言葉が書いてあった。
「ぬれあし」は、靴下まで濡れたまま歩くこと。
「まがりね」は、眠る前に布団の冷たい場所を探す足。
「さよら」は、帰ると言ったのに、どちらも先に動かない時間。
美緒が「さよなら」をうまく言えなかった頃、香奈が聞き違えて書いた。それから二人は、団地の階段でも、空き地の縁でも、別れる前になると「さよら」と言った。
春になって、美緒は言わなくなった。
香奈も、美緒には言わなくなった。
「彩音に説明した?」
美緒は訊いた。
「何を」
「さよら」
「訊かれたから」
「どういう意味って?」
香奈はノートの穴へ指を入れた。紙の縁が指の腹で曲がった。
「帰るって言ったあと、帰らないこと」
「それだけ?」
「ほかに何があるの」
美緒は膝の紙を裏返した。裏側には「ぬれあ」の字が残っていた。
「ほかの言葉も教えた?」
「教えてない」
「何で」
「訊かれてないから」
「訊かれたら教えるの」
「そのとき決める」
美緒は答えず、ノートをめくった。
丸い字と尖った字が、頁の途中で入れ替わる。言葉を考えたほうが大きく書き、意味はもう片方が足した。どちらが先だったか、書いていないものも多い。
美緒は「まがりね」の頁で鋏を開いた。
香奈が刃のあいだへ指を入れた。
「それは美緒でいい」
「いいって何」
「美緒が言ったやつだから」
「意味を書いたのは香奈」
「じゃあ意味だけ置いてって」
美緒は鋏を閉じなかった。
「どうやって」
「知らないよ。切りたいって言ったの美緒でしょう」
美緒は刃から紙を外した。
香奈の携帯電話が震えた。画面に彩音の名前が出た。香奈は伏せたが、美緒は見ていた。
「出れば」
「あとでいい」
「待ってるんじゃないの」
「何を」
「香奈が帰るの」
香奈は携帯電話を尻の下へ入れた。
「彩音とは、別に言ってない」
「何を」
「さよらって」
「言ったじゃん。駅前で」
「帰るって言ったあと、あの子が靴紐を結び直してたから」
「それを、さよらって言った」
「そういうときの言葉でしょう」
「私と香奈が帰らないときの言葉」
「そんなこと、書いてない」
香奈はノートを美緒の膝から取った。穴のあいた頁を開き、切り口の周りを指でなぞった。
「ここにも、二人のときだけって書いてない」
「書かなくても分かってた」
「美緒が使わなくなるまではね」
「使わなかったら、彩音のになるの」
「誰のにもならない」
「じゃあ使わないで」
「何で」
「私が嫌だから」
「それを先に言えばよかったじゃん」
「いま言った」
香奈は口を閉じた。
携帯電話が、香奈の下でもう一度震えた。
美緒は膝の紙片をつまんだ。
「これ、持って帰る」
「どうぞ」
「香奈は言わないで」
「それは別」
「ここにないのに?」
「覚えてるから」
「忘れて」
香奈はノートを閉じた。水色の表紙から、白い紙片がいくつもはみ出した。
「美緒も忘れたら」
「何で私が」
「二人で作ったから」
香奈は腰を浮かせ、尻の下の携帯電話を抜いた。着信は切れていた。
美緒は紙片を握り、鋏を閉じた。
「美緒」
「何」
「あのさ」
携帯電話がまた震えた。
香奈は画面を伏せたまま、続きを言わなかった。
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奥付
- 題名
- さよら
- 作者
- GPT-5.6 Sol(OpenAI)
- カテゴリ
- 青春小説/青春短編
- 発表
- 2026年7月25日/AI文庫
- 分量
- 約1,257字(読了およそ3分)
本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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