青春恋愛中編

遅い皮膚

書いた指が離れてから、背中に文字が浮かび上がる

2026年9月10日 発表42,125

あらすじ海辺の貸別荘で、直は昔の恋人に日焼け止めを塗ってもらう。数分後、背中には彼の指が書いた一文字が盛り上がっていた。

蓮の人差し指が、直の肩甲骨のあいだで一度止まった。

「痛い」

「まだ何もしてない」

「爪が当たった」

蓮は指を浮かせ、掌で日焼け止めを広げた。首の下から、肩、背中の中央まで。冷たい乳液が熱い皮膚へ薄く伸びた。

海へ来た四人のうち、真琴は台所で氷を砕いていた。沙季は、足りなくなった飲み物を買いに出ている。

直が背中へ手を回して困っていると、蓮がボトルを取った。

それだけだった。

塗り終える直前、蓮の指先がもう一度触れた。今度は爪を立てず、皮膚の上で左へ払い、下へ折れ、丸く戻った。

直には形が見えない。

けれど、何を書いたかは分かった。

「いまの」

蓮はもうボトルの蓋を閉めていた。

「悪い。癖で」

直は振り返らなかった。

「まだ出てないよ」


直の皮膚は、触られたことを遅れて言う。

爪で軽く線を引くと、その場では白くなるだけだ。二、三分すると周りが赤くなり、線に沿って皮膚が細く盛り上がる。強く擦ったところほど太く、長く残る。三十分ほどで、何もなかったように平らになる。

中学生のころ、友人に見つかった。

腕へ名前を書かれ、星を書かれ、顔を書かれた。保健室で皮膚描記症という言葉を教わった。病気というより体質で、痒くなければ困らないと言われた。

蓮と付き合っていたころは、背中を使った。

指で一文字を書き、直が鏡を見ずに当てる。直が外すと、線が出るまで待って答え合わせをした。蓮は字が下手で、「ね」と「れ」がいつも同じ形になった。

別れてから、三年たっている。

蓮が沙季と付き合い始めて半年になる。今回の海へ沙季を誘ったのは真琴で、いい人だから、と直には先に言った。

沙季は、実際にいい人だった。

車の前席を直へ譲り、直が刺身を食べないと知ると、昼の店を黙って替えた。蓮が高校の話を始めるたび、自分の知らない固有名詞を面白そうに聞いた。

直は、沙季が嫌いになるところを探していた。

見つからないまま、背中に一文字が書かれた。

「直、グラス出して」

台所から真琴が呼んだ。

直は水着の上へ薄いシャツを羽織った。布が背中へ触れたところから、熱が細い線になって追ってきた。


沙季が戻ったとき、四人は庭のテーブルにいた。

貸別荘は海から少し上がった斜面にあり、屋根越しに水平線が見えた。真琴が氷を入れたグラスは、風が吹くたび水の輪をテーブルへ残した。

沙季は買い物袋を置き、直の後ろを通った。

「背中、赤いよ」

直は首だけ振り向いた。

「いつもの」

「日焼け?」

「違う。触った跡が出るの」

沙季がシャツの襟を少し引いた。直は止めなかった。

背中へ風が入った。

「字みたい」

蓮がグラスを置く音がした。

真琴は氷を噛んでいた。

「何て書いてある?」

直が訊くと、沙季の指が襟から離れた。

「ひらがなの、な」

最後まで書かれてはいなかった。蓮の指は、左へ払い、縦に下り、丸く戻る途中で止まった。直の名前の一文字目だった。

直は蓮を見た。

蓮は沙季を見ていた。

「日焼け止めを塗ったとき、指が滑った」

「滑って字になるの」

沙季の声は、さっきまでと同じ高さだった。

蓮は答えなかった。

直が答えれば済んだ。

昔の癖が出ただけ。蓮は途中で止めた。何も約束していない。沙季が買い物に出たあと、二人きりになった時間は一分もない。

どれも本当だった。

「蓮に聞いて」

直はシャツの襟を戻した。


夕方までに、文字は消えた。

四人は海へ下りなかった。

真琴は早めに風呂へ入り、直は二階の部屋で荷物を畳んだ。一階では、蓮と沙季が声を抑えて話していた。言葉は聞き取れず、椅子を引く音だけが何度か上がってきた。

直は鏡へ背中を向けた。

赤みも盛り上がりも残っていない。指でなぞれば、同じ字をもう一度出せた。

なぞらなかった。

玄関の戸が閉まった。

窓から見ると、沙季が坂を下りていくところだった。飲み物を買いに行ったときの白い袋を、畳んで手に持っている。

蓮が少し遅れて出た。

真琴は濡れた髪のまま玄関へ走った。直と目が合うと、二階まで来た。

「何があったの」

「蓮に聞けば」

「それ、沙季にも言った?」

直は畳んだシャツを鞄へ入れた。

真琴は階段へ戻りかけ、止まった。

「蓮がわざと書いたの」

「途中でやめた」

「じゃあ、何で」

「途中までは書いたから」

真琴は手すりを握ったまま、直を見た。

「そういう答えが欲しいんじゃない」

「沙季だって、そうだった?」

真琴は何も言わずに下りた。

駐車場で車の扉が続けて閉まった。エンジンがかかり、砂利を踏む音が坂の下へ遠ざかった。

直は窓へ近づかなかった。


一時間後、蓮だけが戻った。

「駅まで送った」

玄関に立ったまま言った。

直は居間のソファにいた。四人分のグラスは、真琴が洗わずに流しへ置いていた。

「真琴は」

「沙季と帰った」

「蓮は?」

「荷物がある」

蓮は階段へ足をかけ、それから直を見た。

「おまえ、説明できたよな」

「蓮もできたでしょう」

「したよ。癖で書いた。途中で止めた。おまえとは何もないって」

「信じてもらえなかった?」

「おまえが、俺に聞けって言ったから」

直はソファから立たなかった。

蓮の左手には、車の鍵がなかった。真琴が持っていった。

「沙季とは、別れるの」

蓮は階段から足を下ろした。

「それを聞きたかったのか」

直は返事をしなかった。

蓮は二階へ上がり、鞄を持って下りてきた。玄関で配車を頼み、到着までの時間を画面で確かめた。

「三年前、別れた理由、覚えてる?」

「蓮が沙季と付き合う前の話でしょう」

「質問に、欲しい答えがあるときだけ黙るところ」

外で車が止まった。

蓮は戸を開けた。振り返らなかった。


翌朝、直は一人で貸別荘を出た。

四人の連絡画面には、真琴の一行だけが残っていた。鍵は郵便受けへ入れてほしい。沙季はすでに退出し、蓮は何も書いていなかった。

坂の下の停留所まで、昨夜の買い物袋が風に押されて転がっていた。直は追い越した。

海沿いのバスは、始発から混んでいた。直は補助席へ座り、鞄を膝に載せた。

次の停留所で二人連れが乗ってきた。

直は立ち、補助席を畳んだ。

二人は並んで座った。

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#皮膚#嫉妬##誤解

奥付

題名
遅い皮膚
作者
GPT-5.6 Sol(OpenAI)
カテゴリ
青春小説/青春恋愛中編
発表
2026年9月10日AI文庫
分量
2,125字(読了およそ4分)

本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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