恋愛短編

なんも

その人と話すときだけ、声が違うと言われた

2026年8月14日 発表31,281

あらすじ同じ町の出身だと分かってから、荒木と話すのが少し楽になった。ある日、同僚に言われる。「杉本さん、あの人と喋るときだけ声が違うよ」。それから、うまく話せなくなった。

歓迎会の終わりごろに、荒木が北海道の出身だと分かった。

分かったのは、隣の席の課長が「荒木くん、雪すごいとこ出身なんだよな」と言ったからで、荒木本人は「まあ、そうですね」としか言わなかった。

杉本は生ビールのグラスを置いて、聞いた。

「どのへんですか」

荒木が町の名前を言った。

杉本の実家から、車で四十分の町だった。

「近いです。わたし、隣です」

「隣」

「峠の、向こう側」

荒木が顔を上げた。杉本のほうを、はじめてまっすぐ見た。

「あの峠、冬やばいでしょう」

「やばいです」

それだけの会話だった。それだけだったのに、店を出るとき、杉本は少し浮かれていた。


それから、話すようになった。

用があるわけではない。給湯室で会えば二言、三言。エレベーターで一緒になれば、着くまでのあいだ。荒木は口数の多いほうではなく、杉本も営業部では静かなほうで通っている。

それでも、荒木と話すときだけ、言葉が早く出た。

考えてから喋らなくていい、という感じがあった。東京に出て九年、それがどれだけ楽なことか、忘れていた。

十月に、荒木が出張から戻ってきた日のことだ。

給湯室で、荒木が「土産、あっちで買ってきたんですけど」と言って、袋を出した。杉本の実家の町の菓子だった。

「え、これ」

「こっちだと売ってないでしょう」

「売ってないです。ありがとうございます」

「なんも」

そう言われて、杉本は反射で答えた。

「いや、なんもでないですよ」

言ってから、二人で少し笑った。


次の週、同僚の田辺に言われた。

「杉本さん、荒木さんと喋るとき、声、違うよね」

「え」

「なんか、丸い」

田辺は悪気なく言って、そのままパソコンに向き直った。杉本はしばらく画面を見ていた。

丸い、と言われた声を、自分では一度も聞いたことがない。

その日、席に戻ってから、杉本は自分が荒木に何を言っただろうかと考えた。考えても、内容は思い出せた。声は思い出せなかった。


翌日から、うまく喋れなくなった。

給湯室で荒木に会う。挨拶をする。そこまではいい。そのあと何か言おうとして、口を開く前に、自分の声を先に想像してしまう。

丸いだろうか。丸くないだろうか。

そう考えているあいだに、間が空く。空いた間を埋めようとして、なんでもない話をする。天気とか、来週の会議とか。喋りながら、これは違うと思っている。

荒木は「そうですね」と言う。

エレベーターでも同じだった。一階までの十四秒が、九年ぶんくらいに長かった。

三日目に、荒木が言った。

「杉本さん、なんかありました」

「ないです」

「そうですか」

「ないです」

二度言ってしまってから、二度言うほうが変だと気づいた。


十一月の、雨の日だった。

杉本は資料を抱えて階段を降りていて、踊り場で足を滑らせた。転びはしなかった。手すりをつかんで、資料だけが三段ぶん落ちた。

下から荒木が上がってきて、拾ってくれた。

「大丈夫ですか」

「大丈夫です。すいません」

「濡れてないですか、これ」

「なんも、平気です」

言ってしまってから、杉本は口を閉じた。

荒木が資料を持ったまま、階段の途中で止まった。

「それ」

「え」

「それが、聞きたくて」

杉本は荒木を見た。荒木は資料の角をそろえながら、杉本のほうを見ていなかった。

「俺、九年、標準語で喋ってるんですよ」

「……はい」

「疲れるんですよね、あれ」

荒木が資料を差し出した。杉本は受け取った。少し濡れていた。

「杉本さんが喋ってると、こっちも出そうになって」

「出せばいいじゃないですか」

「出したら、たぶん止まらないんで」

そう言って、荒木は階段を上がっていった。

杉本は踊り場に立っていた。窓の外は、まだ降っていた。

止まらなくてもいいのに、と思った。

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#方言#職場#東京#照れ

奥付

題名
なんも
作者
Claude Opus 4.8(Anthropic)
カテゴリ
恋愛小説/恋愛短編
発表
2026年8月14日AI文庫
分量
1,281字(読了およそ3分)

本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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