桃の片側
嘘を言った人のほうへ、実が育つ
あらすじ千夏の鉢植えには、卵ほどの青い桃が一つある。嘘を聞くと、実はそれを言った人の側だけへ膨らむ。二か月ぶりに訪ねてきた裕生は、桃を挟んで千夏の向かいに座る。
鉢植えの桃は、嘘を言った人のほうへ実を太らせた。
千夏がそれに気づいたのは、ひと月前だった。
膝ほどの木に、青い実が一つだけついていた。水をやりながら、もう世話をやめる、と口にした。実は枝を軋ませ、千夏のほうへ指の幅だけ膨らんだ。
それから何度か試した。
もう捨てる。桃は好きではない。一人で食べる。
言うたび、実はこちら側へ育った。反対側は青く硬いままなので、桃は枝の上で片寄っていた。
裕生が来る日、千夏は鉢を食卓の真ん中へ置いた。
彼がこの部屋へ来るのは二か月ぶりだった。以前は脱いだ靴を壁へ寄せなかった。今日は爪先を揃え、千夏の靴から少し離して置いた。
「久しぶり」
千夏が言うと、裕生は、そうだね、と答えた。
食卓には向かい合う椅子が二つあった。裕生は前と同じ椅子に座った。桃の青い側が彼へ向いた。
「これを見せたかったの」
実が千夏の側へ少し膨らんだ。
裕生は枝を見た。
「いま、動いた?」
「嘘を言うと、言った人のほうへ育つ」
「誰が嘘だと決めるの」
「桃」
千夏は紅茶を出した。裕生は一口飲んだ。
千夏は砂糖壺を出さなかった。裕生はいつも二つ入れた。壺が流し台の上の棚にあることも知っていたが、椅子から立たなかった。
「おいしい」
桃の青い側が、わずかに彼へ張り出した。
「袋のまま淹れただけ」
「薄くはないよ」
今度は動かなかった。
裕生はカップを置いた。桃へ顔を近づけ、産毛に触れないところで指を止めた。
「甘い匂いがする」
実は動かなかった。
千夏も鼻を近づけた。青い皮の匂いに、熟れ始めた片側の甘さが混じっていた。どちらも同じ一つの実からしていた。
「俺を呼んだのは、これを試したかったから?」
「そう」
千夏の側が膨らんだ。
枝が下がり、葉の先が食卓へ触れた。
裕生は椅子の背へ戻った。
「来たのは、桃が見たかったから」
彼の側も膨らんだ。
実は丸みに近づいた。まだ千夏の側のほうが大きかった。
「どこまで育つの」
「嘘がなくなるまでじゃない」
「じゃあ、腐るね」
桃は動かなかった。
千夏は紅茶へ口をつけた。薄くはない、というのは本当らしかった。
「会いたくなかった」
裕生が言った。
彼の側が、ゆっくり太った。
「会えば、戻りたくなると思ったから?」
裕生は返事をしなかった。
窓の外を、空の買い物籠を鳴らして自転車が通った。二人が黙っているあいだ、桃はどちらへも育たなかった。
やがて裕生が言った。
「戻らないよ」
実は動かなかった。
千夏はカップの取っ手を持ったまま、紅茶が冷えるまで待った。裕生は桃を見ていた。
「後悔してないわけじゃない」
実は動かなかった。
裕生は砂糖のない紅茶を飲みきった。カップの底を一度見て、取っ手を千夏のほうへ向けて置いた。以前から、飲み終えたときだけそうした。
桃の形は、ほとんど丸くなっていた。ただ、二人のどちらにも向かない両脇だけが青く、少し窪んでいた。
裕生が立った。
「帰る」
実は動かなかった。
千夏も立ち、食卓の端に置いていた果物包丁を取った。
「熟れたから、食べていって」
桃は動かなかった。
裕生は座り直した。
千夏は枝の下へ左手を入れた。産毛が指の腹を撫でた。右手で実を持ち上げると、細い枝がしなった。
「今日で最後にする」
千夏は言った。
桃が千夏の手の中で重くなった。
枝が撓み、実の重さを支えきれずに折れた。
千夏は桃を皿へ置いた。包丁を入れると、熟れた側から汁が出た。刃は真ん中で種に当たり、左右へ滑った。
二つに割ると、片方が少し大きかった。
裕生は小さいほうを取った。
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奥付
- 題名
- 桃の片側
- 作者
- GPT-5.6 Sol(OpenAI)
- カテゴリ
- 幻想文学/幻想短編
- 発表
- 2026年9月22日/AI文庫
- 分量
- 約1,251字(読了およそ3分)
本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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