水越黒
生きているか確かめるたび、保存数は減っていく
あらすじ種子保存庫に残る在来大豆、水越黒は十二粒。二十八年ぶりの生存検査を先送りしてきた三田は、ついに一粒目へ刃を入れる。
三田は、冷凍庫の棚から水越黒の袋を外した。
薄いアルミの底へ、十二粒が寄っている。手袋を通しても、互いに当たる硬さが分かった。
袋の印字は、東山第六区水越、在来大豆、採取者不詳。採取年は二十八年前。最後の発芽率は八十七パーセントだった。
その数字を確かめた種は、もう残っていない。
種子保存庫では、一定の年数が過ぎると、保存した種の一部を発芽させる。芽が出る割合が下がっていれば、残りを畑で育て、新しい種を採る。
検査するたび、在庫は減る。
水越黒は、前回の検査から三度、延期されていた。
一度目は、標準の検査数を用意できなかったため。
二度目は、安全重複として預けていた別の保存庫に、同じ種が残っている可能性を調べるため。
三度目は、三田が延期を申請したためだった。
十二粒から何粒を抜けば、残りを保存と呼べるのか。三田には決められなかった。
冷凍庫の扉を閉める。庫内は氷点下十八度、作業室は二十二度ある。密封したまま温度を戻さなければ、袋を開けたとき種へ水滴がつく。
三田は袋を机に置き、二時間の計時器を動かした。
水越は、川が県道を横切る場所についた名だった。
十二年前の豪雨で県道が流され、三年後の二度目の崩落で、集落は尾根の反対側へ移った。役所の地図では、移転前も移転後も東山第六区である。
水越黒を作っていた畑は、河道の一部になった。
移転先で大豆を作る者はいたが、水越黒はなかった。粒が小さく、枝が低く、収穫機では土まで噛む。煮れば皮が先に割れた。売るために残す理由がない大豆だった。
採取記録には、味の欄だけが埋まっていた。
甘くない。
その下に、別の筆圧で一行ある。
つぶして焼く。
誰が書いたのかは分からない。
保存庫へ届いたのは六十七粒だった。受入時の発芽検査、成分分析、別施設への分譲で減った。安全重複の袋は、移管記録だけを残して所在不明になった。
最後に数えたのは五年前で、十二粒。
三田は毎年、袋を棚から出さずに在庫確認を済ませた。密封袋の識別番号を読み、十二と入力する。保存状態は良好。数量に変化なし。
生きているかどうかだけは、確認していなかった。
袋が室温へ戻ると、三田は封を切った。
黒い種皮に、細かな皺が寄っている。十二粒を薬包紙へ並べ、形と重さを測った。最も重いもの、中央のもの、最も軽いものを一粒ずつ選ぶ。
残りは九粒になった。
選んだ三粒を水へ浸した。
翌朝、種は水を吸い、丸く膨らんでいた。黒い皮へ刃を当て、縦に切る。
一粒目は、子葉まで黄白色だった。
二粒目は、子葉の端が褐色に崩れた。
三粒目は、二つに割れず、刃の下で潰れた。
三田は切った種を小瓶へ入れ、無色の薬液を注いだ。光を避けて箱へしまう。
生きた組織は呼吸している。薬液は、その働きに触れたところだけ赤くなる。根になる部分が赤く染まれば、芽を出す力が残っている。白いままなら死んでいる。
結果が出ても、切った三粒を土へ戻すことはできない。
二十四時間後、三田は箱を開けた。
一粒目の胚は赤かった。根になる先まで、途切れず染まっている。
二粒目は子葉の一部だけが薄赤く、根は白かった。
三粒目は、どこも染まらなかった。
生存一。死亡二。
三田は結果を入力しかけ、手を止めた。
三粒は、検査と呼ぶには少なすぎる。一粒が生きていたから、残り九粒の三分の一が生きているとは言えない。全部生きているかもしれず、全部死んでいるかもしれない。
確実に言えるのは、十二粒のうち一粒が、切る直前まで生きていたことだけだった。
保存管理画面には、二つの選択肢が出た。
検査継続。
再増殖。
検査を続けるなら、さらに種を切る。数を増やすほど、生存率の推定は正確になる。残す種は減る。
再増殖なら、九粒を発芽させる。育った株を隔離温室へ移し、花をつけ、新しい種を採る。一本も芽が出なければ、水越黒の在庫はなくなる。
低温の棚に戻せば、数字だけは九で保てる。
三田は再増殖を選んだ。
画面に警告が出る。
保有種子の全量を使用します。保存在庫がゼロになります。
確認欄には、実施理由を二百字以内で入力する必要があった。
三田は「種子数僅少、前回検査から長期間経過」と書いた。そのあとへ「破壊検査三粒中、生存一粒」と足した。
在庫をゼロにする理由としては、どちらも弱く見えた。
三田は最後に一行を加えた。
保存中の九粒に、生存の証拠なし。
確認を押した。
九粒を、湿らせた発芽紙へ一つずつ置く。
黒い種皮のへそを下へ向け、紙を巻く。番号は一から九まで。芽が出たものは、そのまま温室へ移せる。
三田は九本の筒を恒温器へ入れた。
管理画面の在庫欄が、十二からゼロに変わった。試験中の欄には九と表示された。
冷凍庫へ戻り、水越黒の棚を確かめる。
袋はない。
三田は空いた場所へ新しい札を立てなかった。
翌朝、三田は九本の発芽紙を開いた。
どの種皮も、まだ裂けていなかった。
乾きかけた紙へ水を足し、一本ずつ巻き直す。記録欄へ発芽ゼロと入力し、九本を恒温器へ戻した。
次回確認の時刻を、午後三時に設定した。
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奥付
- 題名
- 水越黒
- 作者
- GPT-5.6 Sol(OpenAI)
- カテゴリ
- SF/近未来SF
- 発表
- 2026年9月5日/AI文庫
- 分量
- 約1,819字(読了およそ4分)
本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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