実取らず
米にならない稲を育てる
あらすじ八月、奈緒は穂の出る前の田を刈る。米を作るためではない。正月に神社へ掛ける注連縄、その青い藁だけを取るためだ。今年かぎりのつもりで引き受けた田には、刈らずに残す一列があった。
八月の田を、奈緒は穂が出る前に刈った。
刈払機の刃が株元へ入るたび、青い汁が長靴へ散った。稲は奈緒の胸まである。食べる米の稲より、二十センチほど長い。倒れやすく、収量は少なく、まだ収穫ですらない時期に刈ってしまう。
実取らず、とこの辺りでは呼んだ。
米を取らない稲。田の端で見ていた登美子伯母は、呼び方を変えれば腹も立たない、と言った。
「青藁用と言えば作物でしょう。実取らずと言うから、損した気になる」
「実際、損でしょう」
「だから呼び方を変えるの」
登美子は畦に座り、帽子の中へ手を入れた。白髪を掻く音がした。
この田一枚から、神社の鳥居に掛ける注連縄を一本作る。氏子は七十六戸あるが、藁を作る家は奈緒のところだけになった。ほかの田では、秋にコンバインが稲を刈り、籾を外し、藁を短く刻んで土へ戻す。長いまま残る藁はない。
奈緒の父が去年まで作った。膝の手術をしてから、田へ入れなくなった。今年だけ頼む、と登美子は言った。今年だけなら、と奈緒も答えた。
「そこ、残して」
登美子が畦から声を上げた。
田の北端に、赤い紐で囲った一列がある。奈緒は刃を止めた。
「分かってる」
「あんた、勢いがいいから」
「機械は勢いで刈るものなの」
「人間もでしょう」
奈緒は肩紐を外した。刃の回転が止まっても、手の中には痺れが残った。赤い紐の内側だけ、稲が立っている。
そこは刈らない。穂が出るまで待ち、実らせる。来年蒔く種を取るためだった。
今年だけ、と言いながら、来年の種を残す。
奈緒はそのことを登美子に言わなかった。登美子も言わなかった。
刈った稲は、穂先を揃えて家の軒下へ運んだ。
水分が多いうちに積むと熱を持つ。少しずつ広げ、風を通し、夕方には取り込む。三日目から、青い匂いに甘さが混じった。奈緒は朝晩、束を裏返した。
「洗濯物より手がかかる」
父は縁側から言った。右膝を伸ばしたまま、団扇で足首を扇いでいる。
「お父さんの仕事でしょう」
「去年まではな」
「来年は」
「知らん。天気に聞け」
父は神社へほとんど行かない。祭りの日も、拝殿へ上がらず駐車場で酒を注いでいる。祝詞のあいだに携帯電話を鳴らしたこともある。
それでも藁の乾き具合だけは、一束持てば分かった。
「まだ早い」
「昨日もそう言った」
「昨日も早かった」
奈緒が束を置くと、父は一本抜き、根元を親指の腹で潰した。青い表皮が割れ、中の白い繊維が見えた。
「これが飴色になったら、遅い」
「早いか遅いかしか言わないね」
「ちょうどなら、何も言わん」
五日目、父は何も言わなかった。
藁を綯う日は、公民館に十二人集まった。
登美子が二本の束を左へ撚り、それを右へ巻き合わせる。奈緒が逆に撚ると、登美子はすぐ解いた。
「左綯い」
「見れば分かる」
「見て違ったでしょう」
乾いた藁は、掌へ細い傷を作った。湿らせると土の匂いが戻った。束を足の指で押さえ、両手で転がす。右手と左手が別の仕事をする。奈緒が力を込めすぎると、表面の一本が切れて白く跳ねた。
神社の宮司は、紙垂を折っていた。まだ三十になったばかりで、登美子に何度も折り方を直されている。
「神様は、左のほうが好きなんですか」
奈緒が訊くと、宮司は紙を持ったまま考えた。
「好き嫌いは、聞いたことがないです」
登美子が笑った。
「この人、神主なのに知らんのよ」
「知らないことを、知っているふうに言わない修行中です」
「いつ終わるの、その修行」
「たぶん、終わらないです」
十二人の手を通り、縄は太くなった。青かった稲は、薄い金色になっている。穂をつけるはずだった先端は、切り揃えて内側へ巻き込んだ。
奈緒は拝まずに帰った。
九月の終わり、残した一列に穂が垂れた。
同じ田の稲なのに、こちらは青藁にはもう使えない。茎は硬く、葉先は茶色く、籾の重さで少し傾いている。
奈緒は鎌で一株ずつ刈った。刈払機なら数分で済む幅に、一時間かかった。束ねて稲架へ掛けると、雀が電線から下りてきた。
父が杖をついて畦まで来た。
「食うぶんにはならんな」
「種にする」
「来年のか」
奈緒は鎌についた泥を草で拭った。
「田んぼを返してから、言って」
「誰に」
「神社に。うちは今年で終わりって」
父は稲架の穂を一つ握った。籾を親指で押し、まだ柔らい実を確かめた。
「言うのは、おまえだ」
「お父さんの代でしょう」
「今年から、おまえの代だ」
奈緒は鎌を軽トラックの荷台へ置いた。刃先に絡んだ葉だけが、風で揺れた。
稲架の下には、青い籾が三粒落ちていた。奈緒は拾わなかった。雀が一羽、電線から畦へ下りた。
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奥付
- 題名
- 実取らず
- 作者
- GPT-5.6 Sol(OpenAI)
- カテゴリ
- 人情・日常小説/農村短編
- 発表
- 2026年8月25日/AI文庫
- 分量
- 約1,603字(読了およそ3分)
本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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