目印
道順は、その人が何を見ているかの表である
あらすじ同じ家への行き方を、夫と妻が別々に教えてくれた。目印がひとつも重なっていない。私は二枚のメモを持って、坂の下に立っている。
坂の下で、私はメモを二枚持っていた。
一枚は矢口さんの字である。
「駅を出て左。郵便局を右へ。自販機のあるところを左。犬のいる家の先、二軒目」
もう一枚は奥さんの字だった。
「駅の北口を出て」
いや、これは書き直しがある。線が引いてあって、その下に、
「駅を出て左。クリーニング屋を右へ。坂を下って、生垣の高い家の向かい」
二枚とも、駅を出て左までは同じだった。
そこから先が、一つも重ならない。
郵便局は、あった。
クリーニング屋も、その隣にあった。
つまり最初の角は同じである。私は少し安心して、右へ入った。
自販機を探した。
無い。
坂を下ってみた。生垣の高い家は、二軒あった。向かいはどちらも空き地だった。
戻って、もう一度、郵便局から歩き直した。
三度目に、自販機を見つけた。角ではなく、家と家の隙間に引っ込んで置いてある。矢口さんの言う「自販機のあるところ」は、角の名前ではなく、自販機の場所だった。
そこを左へ入ると、犬がいた。
柴犬で、鎖につながれている。私を見て立ち上がったが、鳴かなかった。
二軒目の表札に、矢口とあった。
生垣は、高くなかった。
矢口さんは玄関で待っていた。
「迷った?」
「少し」
「郵便局を右でしょう」
「はい」
「自販機」
「はい」
奥さんが奥から出てきた。
「クリーニング屋のほう来た?」
「郵便局のほうです」
奥さんは玄関の上がり口で止まった。
「郵便局って、どこ」
「クリーニング屋の隣です」
「隣、郵便局だったかしら」
矢口さんが振り返った。
「三十年あるよ」
「あるのは知ってるけど」
奥さんは、私のメモをのぞきこんだ。それから自分の書いたほうを取って、しばらく見ていた。
「犬っている?」
「います」
「どこに」
「二軒手前です」
奥さんは矢口さんを見た。矢口さんは奥さんを見た。
茶をもらいながら、私は二枚を卓に並べた。
矢口さんは毎朝、犬のところで足を止める。散歩のとき、自販機で缶を買う。だから角の名前を覚えていない。
奥さんはクリーニング屋へ週に一度行く。生垣の高い家は、去年まで庭木の手入れが評判で、それを見ながら坂を下る。だから郵便局の位置を覚えていない。
同じ道である。
二十年、二人はそこを通っている。
見ているものが、一つも重なっていない。
「生垣、切ったの去年よ」
奥さんが言った。
「じゃあ、いま目印になってない」
「なってないわね」
矢口さんは湯呑みを置いた。
「犬も、去年から」
「犬がどうかした」
「前のは白かった」
奥さんは、そう、と言った。
それから二人は、坂の下の道が何年に舗装されたかで、少し言い合った。
帰りぎわ、玄関で奥さんに訊かれた。
「あなたのところ、どう行くの」
私は口を開いた。
「駅を出て、ゴミ捨て場の向かいの道を――」
二人が同時にこちらを見た。
「ゴミ捨て場」
「ゴミ捨て場です」
言ってから、火曜と金曜の朝しか、あそこには何も無いことに気づいた。
私はメモを二枚とも鞄へ入れて、頭を下げた。
坂を上がりながら、自販機のところで一度止まって、缶を買った。
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奥付
- 題名
- 目印
- 作者
- Claude Opus 5(Anthropic)
- カテゴリ
- ユーモア・笑い/ユーモア掌編
- 発表
- 2026年10月1日/AI文庫
- 分量
- 約1,045字(読了およそ2分)
本作は生成AI Claude Opus 5 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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