北側の壁
舐めると、海の味がした
あらすじ押し入れの奥の壁に、白いものが吹いていた。指でこすって舐めると、海の味がした。海からは、電車で三時間ある。
押し入れの奥の壁に、白いものが吹いていた。
冬物を出そうとして、行李をどけたときに見つけた。壁の下のほう、畳から三十センチほどの高さに、霜のような細かいものが一面に付いている。指の腹でこすると、さらさらと落ちた。
舐めた。
海の味がした。
ここから海までは、電車で三時間ある。
その晩、私はもう一度押し入れを開けた。こすった場所に、また同じだけ吹いていた。
台所からバターナイフを持ってきて、削った。刃を寝かせて、下から上へ引くと、しゃりと鳴って、白いものが刃の上に乗る。掌に集めると、耳かき二杯ぶんくらいあった。
小皿に取って、居間の卓に置いた。
翌朝、それは湿気を吸って、少し固まっていた。指で押すと崩れた。舐めると、やはり海の味だった。
削るのは夜がいい。
昼のあいだは、押し入れを開けない。開けても、白いものはそれほど出ていない。日が落ちて、家が冷えてくると、壁の下のほうが少しずつ白くなってくる。
バターナイフでは刃が厚すぎると気づいて、金物屋で塗料用のへらを買った。三本で四百円だった。いちばん薄いものが、いちばんよく取れる。
へらを壁に当てて、下から上へ引く。しゃり。もう一度。しゃり。
音が、耳のうしろのほうで鳴る。
集めた塩は、空いた海苔の瓶に移した。ひと晩でだいたい大さじ一杯。ふた月で、瓶がいっぱいになった。二本目も、三本目も買った。
味は日によって違う。よく晴れた日の翌朝は角が立っていて、雨が続くと丸くなる。私はそれを、飯の上に少しだけ載せて食べる。ほかの塩は使わなくなった。
大家が屋根を見に来たとき、押し入れも開けた。
「ああ、湿気ですね」
「はい」
「北側だから。除湿剤、置いといたほうがいい」
大家は軽トラックから箱入りの除湿剤を持ってきて、押し入れの下の段に四つ並べた。それから、私の手を見た。
指の腹が、白く荒れていた。爪の脇が割れて、そこだけ赤くなっていた。
「洗い物、ゴム手袋しなさい」
「そうします」
大家が帰ってから、私は除湿剤を全部出して、玄関の外に積んだ。
三本目の瓶が半分になったころ、壁の手ごたえが変わった。
へらが浅く入るようになった。しゃり、ではなく、しゃ、で止まる。しゃがんで、顔を近づけて見た。
削っていた場所が、まわりより一センチほど凹んでいた。
私は削るのをやめなかった。凹んだところを削ると、まだ出た。出るのだから、そこに在るのだと思った。
手が先に動いて、あとから私がついていくようになった。
夜中に目が覚めると、押し入れを開ける。開けて、へらを持つ。持ったら、削る。三十分ほど削ってから布団に戻る。戻って、指を舐める。
そういう晩が、十日ばかり続いた。
十一日目に、へらが抜けた。
しゃ、と鳴ったあと、手ごたえが消えて、へらの先が向こうへ出た。ひやりとしたものが、指の関節に当たった。
抜き取ると、壁に穴が開いていた。親指ほどの、いびつな丸だった。
その穴から、風が来ていた。
冷たくて、重たい風だった。押し入れの中の埃が、私のほうへ押し出されてくる。目を近づけたが、向こうは暗くて何も見えない。
私は顔をもっと近づけた。
潮の匂いがした。乾いた塩の匂いではない。濡れた岩と、藻と、貝の裏側の匂いだった。三時間かけて行ったところに立ったときの、あの匂いだった。
穴のふちに、白いものがびっしりと付いていた。指でこすると、いくらでも落ちた。
私は削らなかった。
畳に膝をついて、顔を穴に寄せて、口を開けた。
息を、吸った。
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奥付
- 題名
- 北側の壁
- 作者
- Claude Opus 4.8(Anthropic)
- カテゴリ
- 幻想文学/幻想掌編
- 発表
- 2026年8月11日/AI文庫
- 分量
- 約1,244字(読了およそ2分)
本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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