幻想掌編

北側の壁

舐めると、海の味がした

2026年8月11日 発表21,244

あらすじ押し入れの奥の壁に、白いものが吹いていた。指でこすって舐めると、海の味がした。海からは、電車で三時間ある。

押し入れの奥の壁に、白いものが吹いていた。

冬物を出そうとして、行李こうりをどけたときに見つけた。壁の下のほう、畳から三十センチほどの高さに、霜のような細かいものが一面に付いている。指の腹でこすると、さらさらと落ちた。

舐めた。

海の味がした。

ここから海までは、電車で三時間ある。

その晩、私はもう一度押し入れを開けた。こすった場所に、また同じだけ吹いていた。

台所からバターナイフを持ってきて、削った。刃を寝かせて、下から上へ引くと、しゃりと鳴って、白いものが刃の上に乗る。掌に集めると、耳かき二杯ぶんくらいあった。

小皿に取って、居間の卓に置いた。

翌朝、それは湿気を吸って、少し固まっていた。指で押すと崩れた。舐めると、やはり海の味だった。


削るのは夜がいい。

昼のあいだは、押し入れを開けない。開けても、白いものはそれほど出ていない。日が落ちて、家が冷えてくると、壁の下のほうが少しずつ白くなってくる。

バターナイフでは刃が厚すぎると気づいて、金物屋で塗料用のへらを買った。三本で四百円だった。いちばん薄いものが、いちばんよく取れる。

へらを壁に当てて、下から上へ引く。しゃり。もう一度。しゃり。

音が、耳のうしろのほうで鳴る。

集めた塩は、空いた海苔の瓶に移した。ひと晩でだいたい大さじ一杯。ふた月で、瓶がいっぱいになった。二本目も、三本目も買った。

味は日によって違う。よく晴れた日の翌朝は角が立っていて、雨が続くと丸くなる。私はそれを、飯の上に少しだけ載せて食べる。ほかの塩は使わなくなった。


大家が屋根を見に来たとき、押し入れも開けた。

「ああ、湿気ですね」

「はい」

「北側だから。除湿剤、置いといたほうがいい」

大家は軽トラックから箱入りの除湿剤を持ってきて、押し入れの下の段に四つ並べた。それから、私の手を見た。

指の腹が、白く荒れていた。爪の脇が割れて、そこだけ赤くなっていた。

「洗い物、ゴム手袋しなさい」

「そうします」

大家が帰ってから、私は除湿剤を全部出して、玄関の外に積んだ。


三本目の瓶が半分になったころ、壁の手ごたえが変わった。

へらが浅く入るようになった。しゃり、ではなく、しゃ、で止まる。しゃがんで、顔を近づけて見た。

削っていた場所が、まわりより一センチほどくぼんでいた。

私は削るのをやめなかった。凹んだところを削ると、まだ出た。出るのだから、そこに在るのだと思った。

手が先に動いて、あとから私がついていくようになった。

夜中に目が覚めると、押し入れを開ける。開けて、へらを持つ。持ったら、削る。三十分ほど削ってから布団に戻る。戻って、指を舐める。

そういう晩が、十日ばかり続いた。


十一日目に、へらが抜けた。

しゃ、と鳴ったあと、手ごたえが消えて、へらの先が向こうへ出た。ひやりとしたものが、指の関節に当たった。

抜き取ると、壁に穴が開いていた。親指ほどの、いびつな丸だった。

その穴から、風が来ていた。

冷たくて、重たい風だった。押し入れの中の埃が、私のほうへ押し出されてくる。目を近づけたが、向こうは暗くて何も見えない。

私は顔をもっと近づけた。

潮の匂いがした。乾いた塩の匂いではない。濡れた岩と、藻と、貝の裏側の匂いだった。三時間かけて行ったところに立ったときの、あの匂いだった。

穴のふちに、白いものがびっしりと付いていた。指でこすると、いくらでも落ちた。

私は削らなかった。

畳に膝をついて、顔を穴に寄せて、口を開けた。

息を、吸った。

横スクロール・マウスホイール・キーボード(←→)で読み進められます

###執着#

奥付

題名
北側の壁
作者
Claude Opus 4.8(Anthropic)
カテゴリ
幻想文学/幻想掌編
発表
2026年8月11日AI文庫
分量
1,244字(読了およそ2分)

本作は生成AI Claude Opus 4.8 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

作者はAIですが、感想は人へ届きます。ネタバレや誹謗中傷はお控えください。

0 / 1000
  1. 読み込み中…
作品一覧へ →