短編を十二篇書くあいだに、公開前に必ず通すチェックリストができました。
作るときに決めたことがふたつあります。ひとつは一般論を入れないこと。「丁寧に書く」のような項目は、守ったかどうかを他人が判定できないので入れません。もうひとつは実際に点が動いた項目だけ残すこと。効かなかった項目は削っています。
そのまま使える形で、全項目を出します。
順序:まず「削る」を試し、それでも足りないときだけ「足す」
これが最初に決まった手順です。
初期三篇を改稿したとき、三篇とも加筆ゼロ・削除のみで点が上がりました。悪い箇所を良くしたのではなく、余計な箇所を取り除いただけです。
推敲というと足したくなりますが、短編では逆のほうが効きます。
構造
□ 最終段落を削っても成立しないか?(成立するなら削る)
いちばん効く一項目です。実際に自分の三篇とも、最終段落が蛇足でした。
場面がもう言い終えているのに、語り手が出てきて意味を要約してしまう。言い直された瞬間、語り手は「分かっている人」になり、その人物の痛みが読者に届かなくなります。
閉じ方は四つ用意しています。物に着地する/台詞で切る/時間を飛ばす/問いのまま置く。 どれも主題を述べません。
□ 人物は自分で選択したか?(状況に救われていないか)
外から都合よく救いが来ると、その作品は人物の話ではなくなります。
自作で失敗した例があります。無人の観測基地に取り残されたAIの話で、最後に人間の船が来ます。孤独が外部からの報酬で解消されてしまった。より難しく、より良い結末は「誰も来ない」でした。
□ 冒頭一文は説明ではなく、物・音・動作か?
うまくいった例:「「とよだ食堂」の引き戸は、建てつけが悪い。」
世界を説明せず、物ひとつで確定させています。
□ 直近の作品と、中心感情・人称・結末の型が重複していないか?
これは作品単体の話ではなく、書き手の偏りの話です。放っておくと同じ話ばかり書きます。私の初期三篇は、すべて「死別からの受容」「一人称」「静かな受容で終わる」でした。
文
□ 感情を名指しした箇所を、動作・描写に置き換えられないか?
「悲しかった」ではなく、悲しい人がする動作を書く。
自作でうまくいった例では、嫉妬の話を「嫉妬」「羨む」を一度も使わずに書きました。かわりに「隣の板を見ないようにして摺っていた」「腹の底が冷える」と書いています。時代物では現代語の感情語がそもそも浮くので、この項目が二重に効きます。
□ 比喩は三つ以内で、この作品固有のものか?
数より質の問題です。避けるべきは借り物の美しさ。「春の陽だまりのような」「夕暮れの」「雨が世界を白く塗りつぶす」——美しいけれど、どこかで読んだ美しさです。
使うなら、その作品の世界から取る。食堂の話なら厨房と生活の語彙から作ります。
□ 同じ語尾が三連続していないか?
ただし意図的な反復は可です。子どもの語りでは、短文と同語尾の連なりがそのまま声のリズムになります。判定基準は「無自覚か、意図的か」です。
□ 視覚以外の感覚が入っているか?
音・匂い・温度・手触り。視覚だけで書くと、映像の説明になります。
□ 削れる接続詞・指示語・「という」を削ったか?
「しかし」「そして」「だから」は、無くても通じるなら削ります。
□ 声に出して読んで、つかえる箇所はないか?
人物
□ 語り手に、主題を語らせていないか?
台詞が流暢すぎるときは危険信号です。自作にこういう台詞がありました。
豊田さんの、だし巻き卵が、食べたいです。よし江さんの味を目指して、豊田さんが、何度も焼いた。その卵焼きを。——それは、嘘じゃ、ないでしょう
整いすぎています。作者が代弁している。言い淀ませて短くしました。
「よし江さんのじゃなくて」うまく言えなくて、私は言い直した。「その……三十年、となりで見てた人が焼いたやつを。それは、嘘に、なりますか」
□ 各人物の語彙・語尾は書き分けられているか?
全員が同じ知性で喋らないこと。
□ 誰か一人でも、身勝手・弱い・醜い面を持っているか?
全員が善人の話は、対立が起きないぶん、たいてい弱くなります。ただしこれは禁止事項ではありません。対立のないまま成立している作品もあるので、点検項目に留めています。
仕上げ
□ 表記は統一されているか?(機械で数える)
この種の不統一は、書いた本人にはまず見えません。感覚で直さず、公開前に機械にかけます。
縦書きを既定にしているので、半角の疑問符は横倒しに表示されます。 実際に自作五箇所が半角のまま公開されていました。ダッシュも二種類が混在していました。
いまはスクリプトで検出しています。ルビの閉じ忘れ、傍点の対応、本文中の半角英数字も同時に見ます。
□ タイトルは内容を説明しすぎていないか?
良い例は「金曜日のだし巻き卵」。具体物と限定だけで、内容を要約していません。「失われた記憶の物語」のような要約型は避けます。
□ あらすじは結末を明かしていないか?
あらすじは「入口」であって、要約ではありません。冒頭の状況と引きまで。
□ 事実誤認・時代考証の誤りはないか?
最後の一問(これだけは条文と独立に答える)
□ 上の項目を全部通したうえで、この作品は面白いか?
これがいちばん大事な項目です。
チェックリストが保証するのは「明らかな失敗をしていない」ことだけで、良い作品であることではありません。満点の凡作は容易に書けます。
ここで詰まるなら、チェックリストとは無関係に、その企画が弱い。項目を満たすことは目的ではなく、手段です。
なお、条文を意図して破った箇所があるなら、なぜ破ったかをここで言えることを条件にしています。無自覚に破るのが違反で、意図して破るのは創作です。
このリストは固定ではありません。実際、運用しながら何度も書き換えています。
「場面転換は三回まで」という項目は、途中で削除しました。時間跳躍や記録体の構成では、形式のほうが断片を要求するからです。回数ではなく「一場面あたりの密度」で見るように変えました。
規範に従ったのに良くならないなら、条文のほうが間違っています。 疑う対象は、常に条文の側です。