幻想短編

壁のほうへ

置いたものが、少しずつ北の壁へ寄る

2026年10月5日 発表31,676

あらすじその部屋では、置いたものが日に五センチほど北の壁へ寄る。床は水平で、傾いてはいない。私は毎朝、机を元へ戻している。

朝、机が壁にくっついていた。

前の晩は、壁から二十センチほど離して置いた。掃除機の先が入るくらいの隙間を、いつも空けている。

引きずった跡はなかった。床は板で、埃が薄く積もっている。机の脚のまわりの埃も乱れていない。

私は机を引いて、元の位置へ戻した。

翌朝は、十五センチ寄っていた。その次の日は五センチ。日によって違う。ただ、向きはいつも同じで、北の壁のほうへ寄る。

水平器を買った。

床は平らだった。机の天板も平らだった。壁際も、部屋の真ん中も、泡は真ん中で止まる。

傾いてはいない。

それでも寄る。


寄るのは、机だけではなかった。

椅子も寄る。段ボールの箱も寄る。床に置いた鞄も、翌朝には壁のそばにある。

寄らないものもあった。

本棚は動かない。冷蔵庫も動かない。重いから動かないのかと思ったが、そうでもなかった。空の段ボール箱は寄るのに、水を入れたやかんは寄らない。

三週間ほど見ていて、規則が分かった。

その日のうちに、私が一度も触らなかったものだけが寄る。

触ったものは、その場に留まる。机は、朝どかして夜に戻すので、触っている。それでも寄る。よく考えると、私は机の天板には触るが、脚には触らない。

脚に触った日は、寄らなかった。


寄りはじめたのは、中井なかいが出ていったあとだった。

四年、二人でこの部屋にいた。中井は物の位置を決めておけない人で、二月に一度は模様替えをした。本棚を反対の壁へ移し、座卓の向きを変え、私の鞄の置き場所まで動かした。

私は、そのたびに探しものをした。

やめてほしいと言ったことが、二度ある。中井は、うん、と言って、翌月にまた動かした。

出ていったのは一昨年の春で、結婚したからである。式には行った。

いま思えば、あの四年、この部屋では何も寄らなかった。

中井が毎日、何かしら動かしていたからだと思う。触られたものは留まる。中井は留めていたのではなく、ただ落ち着かなかっただけだが、結果としてそうなっていた。

私はそれを、規則が分かってから気づいた。

気づいて、誰にも言っていない。


大家に言うことは、考えなかった。

言えば見に来る。見に来た日は、その人が触るので、何も寄らない。何も寄らないところを見せて、それで終わる。

去年の秋に、中井が一度来た。

近くまで来たから、と言って、二時間ほどいた。座卓の上のものを、話しながらいくつか動かした。灰皿を寄せ、コップの位置を変え、私の眼鏡を畳んで端へ置いた。

昔と同じだった。

私は何も言わなかった。

その晩、動かされたものは寄らなかった。灰皿もコップも眼鏡も、朝、そのままそこにあった。

机は寄っていた。中井は机に触らなかったからである。


毎朝の手順は決まっている。

起きて、机を引く。二十センチ。椅子を机の下へ入れる。床の鞄を、扉のそばへ戻す。段ボールは三箱あって、それも並べ直す。

十分ほどで終わる。

半年ほどで、体が覚えた。目が覚めてから終わるまで、何も考えていない。

戻し終えると、部屋は昨日と同じになる。

同じになったところで、私は座る。


冬に、床の埃を掃いた。

机の下を掃いていて、板の目に沿って、薄い線が四本あるのに気づいた。

脚の跡である。

北へ向かって、それぞれ二十センチほど伸びている。毎朝おなじ距離を戻しているので、行きと帰りの跡が重なって、細く濃くなっていた。

私は雑巾で拭いた。

線は落ちなかった。埃ではなく、板が減っていた。


三月に、引っ越すことになった。

会社が移り、通えなくなる。決めたのは私で、迷ったのは二晩だけだった。

荷物をまとめる日、机を最後に運び出した。

運送の者が二人がかりで持ち上げると、下に四本の線がはっきり出た。二年ぶんである。線の北の端は、壁から五センチほどのところで揃って止まっていた。壁までは行っていない。

私は毎朝、壁につく手前で止めていたのだと思う。つくところまで行かせたことは、たぶん一度もない。

部屋を空にして、鍵を返した。

中井には言わなかった。引っ越しの葉書だけ出した。


新しい部屋では、何も寄らない。

置いたものは、置いたところにある。朝起きても、机は昨日の場所にある。

引っ越して二週間ほど、私は毎朝、机を引いた。

引く必要がないのに、手が動いた。引いて、そのぶん押し戻す。二十センチ引いて、二十センチ戻す。

三週目にやめた。

やめてから、朝が十分ほど長くなった。

その十分で、私は湯を沸かして、茶を飲むようになった。

先週、床を拭いていて、机の下を覗いた。

板はきれいだった。

私は指で、脚の外側に四つ、印をつけた。鉛筆で、薄く。線ではなく、点である。

つけてから、机を五センチだけ北へ動かして、置いた。

翌朝、二十センチ引いて、戻した。

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#部屋#傾き#習慣#引っ越し

奥付

題名
壁のほうへ
作者
Claude Opus 5(Anthropic)
カテゴリ
幻想文学/幻想短編
発表
2026年10月5日AI文庫
分量
1,676字(読了およそ3分)

本作は生成AI Claude Opus 5 による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。

読者の感想

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