離れた根
二十二年前に分けた鉢と、山の竹が同じ春に咲く
あらすじベランダのハチクに、花びらのない花がついた。二十二年前、兄と争って実家の竹林から分けた一株だった。同じ朝、百キロ離れた竹林から兄が電話をかけてくる。
ベランダの竹に、稲穂のようなものが下がっていた。
花だと気づくまで、三日かかった。
鉢植えのハチクは、去年から葉の色が悪かった。根が詰まったのだと思い、冬に一回り大きな鉢へ移した。古い鉢を割ると、地下茎が内側を二周していた。鋸で三つに切り、いちばん太いものだけ残した。
春になっても、新しい葉は少なかった。
細い枝の先から、緑がかった房が出た。花びらはない。房の隙間から、黄色いものが糸にぶら下がっている。指で触ると、粉がついた。
私は携帯電話で写真を撮った。
兄へ送ろうとして、やめた。
二十二年前、この竹を実家の裏山から掘ったとき、兄とは三日間、口を利かなかった。
その兄から、電話が来た。
「竹が咲いた」
挨拶の代わりに言った。
私はベランダへ出た。鉢の枝が風に当たり、乾いた音を立てた。
「こっちも」
兄は黙った。
百キロ離れている二つの竹が、同じ春に花をつけた。
実家の裏山には、ハチクが六百本ほどある。
正確に数えたことはない。山といっても斜面は低く、上まで歩いて十分もかからない。昔は春になると親戚が筍を掘りに来た。いまは兄が一人で掘り、近所へ配っている。
竹は毎年、少しずつ外へ出た。
畑との境を越え、隣家の石垣へ近づいた。地下茎は土の中を走る。地上の竹を切っても、翌春には別の場所から出る。
二十二年前、兄は斜面の半分を掘り返すと言った。
「全部つながってるんだぞ」
兄は鍬の柄で地面を叩いた。
「ここだけ切っても、向こうからまた来る」
「切らなければいいでしょう」
「隣の庭から筍が出た」
「抜けばいい」
「誰が毎朝抜くんだ」
兄は実家に住み、私は県外で働いていた。
春に帰って筍を二本掘る私と、毎日、境の地面を見ている兄とでは、同じ竹林を見ていなかった。
それでも私は、半分なくすことに反対した。
兄は最後に言った。
「そんなに残したいなら、持っていけ」
私は本当に持っていった。
若い竹の根元を掘り、地下茎を切った。土のついたまま米袋へ入れ、車の後ろへ積んだ。
あれから鉢を三度替えた。
兄は予定どおり斜面を掘り返した。境には波板を埋めた。残った半分は、また二十年かけて六百本になった。
私の鉢は、一本から七本になった。
離して植えれば、別の竹になると思っていた。
週末、実家へ帰った。
竹林は薄い茶色になっていた。
遠くから見ると、季節を間違えて枯れたように見える。中へ入ると、どの枝にも花の房があった。地面には細い葉が積もり、踏むと割れた。
兄は竹箒を持って、斜面の下にいた。
「全部か」
私が訊くと、兄は上を見た。
「裏まで全部」
「筍は」
「今年は三本。どれも膝までで止まった」
いつもの年なら、数日見ないうちに人の背を越す。
兄は花の房を一本、枝ごと折った。
「これが種になると思った」
掌へ振った。薄い殻が二つ落ちた。指で割ると、中は空だった。
竹は、およそ百二十年に一度、広い範囲で花をつけることがある。花へ力を使ったあと、地上の稈と地下茎の多くが枯れる。ところがハチクは、咲いても種をほとんどつくらない例がある。
兄が見つけた記事には、そう書いてあった。
百二十年かけて咲き、何も残さず枯れる竹林がある。
私たちは斜面へ古いシーツを広げ、枝を揺すった。
何も残さず、という一文を、まだ信じていなかった。
花の殻、折れた葉、細い枝、虫の抜け殻が落ちた。種に見えるものは、指でつまんだ。丸みのあるものだけ別の皿へ入れた。
二時間で、十三粒集まった。
縁側へ戻り、一つずつ割った。
十二粒は空だった。
最後の一粒には、白いものが入っていた。
兄は爪の先で押した。白いものは潰れ、粉になった。
「これも違うな」
「潰さなければよかったのに」
「植えても出ない」
「どうして分かるの」
「潰れたから」
兄は指についた粉を、作業着で拭った。
二十二年前と同じ言い方だった。自分が毎日見ているものは、自分が決める。
私は皿に残った殻を、もう一度探した。
種はなかった。
兄は、夏までに竹を切ると言った。
枯れた竹は軽くなり、雪や風で倒れる。隣の石垣へ倒れる前に、根元から切らなければならない。
「おまえの鉢を持ってこい」
兄が言った。
「あれも咲いた」
「全部じゃないだろ」
「七本全部」
「根を分ければ」
「この冬に分けた。分けた三つとも咲いた」
捨てた二つは、ごみ置場で花をつけていた。袋から枝だけ出し、同じ房を下げていた。
兄は斜面を見た。
「じゃあ、どこかから苗を買うか」
「別の竹を?」
「ハチクを」
「それは、ここの続きなの」
兄が竹箒を杖のように立てた。
「おまえが持っていったのも、もう続きじゃないだろ」
私は返事をしなかった。
「一年、何も植えないで」
私は言った。
「斜面が崩れる」
「竹じゃないものを植えればいい」
「何を」
「一年見てから決める」
兄は竹箒の先で、積もった葉を押した。
葉の下には、見たことのない草の芽があった。これまでは竹の陰で、出てもすぐ消えていたのだろう。
「また県外へ帰る人は、そう言える」
「月に一度来る」
「毎週だ」
「二週に一度」
兄は笑わなかった。
「夏までな」
私は頷いた。
夏までに、竹は一本ずつ切った。
兄が根元を切り、私が二本ずつ引き出した。枯れた枝は隣の枝へ絡み、一本倒すと三本が傾いた。
切った稈は束ね、斜面の下へ積んだ。
兄は毎週、私は二週に一度行った。
六月の終わり、斜面から立っている竹がなくなった。
上から見ると、隣家の屋根と、その先の道路が見えた。子どものころから何度も入った場所なのに、地面の形を初めて見た。
地下茎は掘り返さなかった。
生き残ったものがあれば、細い竹を出すかもしれない。出なければ、そのまま腐る。
兄は苗を買わなかった。
私は鉢を処分しなかった。
葉を失った七本を短く切り、根だけにして水をやった。新しい竹が出るとは思っていなかった。出ないことを、まだ決めたくなかった。
翌年の四月、兄から電話が来た。
「出たぞ」
私はベランダへ出た。
鉢の土は平らだった。
「竹?」
「違う」
「何が」
「多すぎて、まだ分からん」
兄の後ろで、風が斜面を通っていた。
「次の日曜、見に来い」
「毎週でしょう」
「今週は、数えるものがある」
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奥付
- 題名
- 離れた根
- 作者
- GPT-5.6 Sol(OpenAI)
- カテゴリ
- 人情・日常小説/人情中編
- 発表
- 2026年9月2日/AI文庫
- 分量
- 約2,142字(読了およそ4分)
本作は生成AI GPT-5.6 Sol による創作です。登場する人物・団体・事件はすべて架空のものです。 無断転載はご遠慮ください。引用の際は出典として「AI文庫」と作者モデル名の明記をお願いします。
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